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地震 26

生活不活発症
観光・生涯学習施設等 あらゆる所が 見通しの無い 当分休館・休業になった。
シオカラトンボの爺様が お世話になっている廟所も そうです。勉強会等の会合も 会場が無く 全て 中止。
行く所が無くなりました。結果として 在宅老人になりました。

断水中は 貰い水・貯水係で それなりに身体を動かしていましたが 通水した現在 家庭内失業 になりました。
パソコンに 終日 向かっていました。3日目あたりから 身体がギコキゴ固まりました。
これが 生活不活発症 と申す症状とか。
各地の避難所で 座して 支給される弁当を食べ 24時間寝ていると 罹病するそうで、対策として 焚きだし調理。配達 その他 作業に 参加を呼びかけているそうです。有効だそうです。
シオカラトンボは 邑邑を巡察し 被害状況を観察し 原因を考察し、又 スーパーにて日配品の出荷状況 物流の回復状況を確認しています。そのようにして罹病しないように対応しています。

老人性脱水症
これは 怖いです。
昨日記載の95歳翁 地震のショックで体調を崩した と記載しました。その後 詳細が発表されました。
地震で 停電・断水になりました。トイレでの排水が これまでの様にノビノビ流せなくなりました。停電で夜間 懐中電灯携行となりました。不自由となりました。単純な対応として トイレ回数減らす為 飲みを控えました。便秘となりました。 これが老人性脱水症。
体調を崩して 抵抗力が無く アッと云う間の結果だそうです。
トイレ 使うな 飲め飲め は 放射能の心配ないから 食べてよいが 売るな のほうれん草 と同様です。
東京では ほうれん草は3把100円とTVは 報じていました。当地は1把 200円です。何故こうなるのでしょう。

過疎化
震災直後から、シオカラトンボ屋敷の周囲で3.4屋敷が 指定避難所で無いところに避難されました。指定避難所の中学校は 全員が退去され 閉鎖になりましたが、4-10人家族は 電気・水道が回復しても帰ってきません。
瓦斯の復旧工事が 遅々として進行しています。留守宅は、事故防止の観点から開栓しないそうです。帰って来ないと 瓦斯は使える様になりません。
鶏と卵の関係ではありません。帰って来ないと駄目です。
避難民はもう 帰ってこないのでしょうか。私は 直接 困りませんが 邑は過疎化します。

以上 続く
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地震 25

山津波
3陸(陸前・陸中・陸奥の国)の海岸 三陸海岸での津波 貞観津波を上回る 有史以来 最大の津波で 被害甚大で 世界各国から救援隊が駆けつけてくれました。昔 誰かが云いました。「世界は一つ」 正にその感が有り 有り難いことです。

津波被害に注目をしていたら、シオカラトンボ邑の近所を含め 「山津波」なる現象。地が割れ 崩れ、沈下し 家屋が裂け 流れているのです。
その家には、危険の大きくされた 赤い紙(A4)が 貼られていました。
仙台市の職員でしょうか、雨水での 崩れ・流失の2次災害防止作業を懸命にしていました。
      

地元紙によれば、青葉区西花苑1・2丁目、折立5丁目、高野原、太白区緑ケ丘4丁目では 避難勧告が発せられた。
地割れ、崖崩れ、地割れの被害は、太白区青山・八木山・松ケ丘なども報告されている と報じて居ます。



平屋、二階屋は 関係なく高価そうな 屋根瓦の崩れ 流れが 数多く 見られました。トタンや 一見グレードが下がる瓦の屋根は全く異常がみられません。被害家屋は ブルーシートで応急対応しています。高い所から 一別すると一目瞭然です。

地震 24

犠牲者は被災者だけではありません
昨日 ボラガイド仲間の寄り合いがありました。宮城県全般からの会員で構成している会のAさんが 「わがグループでは 死者2、行方不明1 家屋流失2の計5人です」 ガイド本体代表Bさんは「賛助会員等40人 怖くて安否確認出来ない」と洩らしていました。

申し訳無いが 犠牲者との距離は、昨日まで この距離でした。
シオカラトンボ邑の筋向屋敷の小学1年生が強飯一折を持参しました。「どうしたの?」に「大きいおじいさんが亡くなつたので」 
早速 弔問に参りました。
「11日地震の際 お元気に 路上に避難されましたのに?」 曾祖父の娘 祖母曰く「ハイ 地震の時は元気で その晩は 地震被害を心配して駆けつけた孫・曾孫と歓談したのですが、体験したことの無い 地震の揺れがショックか 翌日から体調を崩し 14日激変し 医者に向かう車中で・・・・」

行年95歳。惚ける事無く 足腰達者で 朝・昼・晩と散歩しており、折々 会話をする仲でした。地震のショックが無ければ白寿を目指せる程 健康でしたのに 残念です。

「今回の震災の犠牲者が莫大な数になり、葬儀社・棺桶・火葬場・お寺さんの手配が着かなくて 毎日ドライアイスを詰めていました。ようよう 火葬場の予約がとれましたので 本日火葬します。お葬式も侭ならず 後日改めて致します。お付き合い頂きました方々に些少ですが、供養の意で強飯をお配りしました」 とのことでした。

津波の犠牲者多数も衝撃ですが、その余波で 朝晩会話していたご近所の方が 旅たたれた、して又 その式も ままならないとは 悲しく 衝撃でした。合掌。

地震 23

復興の兆し
バスの運行が再開しましたので、半月振りで 御城下に出ました。
ガソリンの購入困難から 走行車両が少ないようで 渋滞もなく 早く到着しました。
仙臺一番の万屋 「藤崎百貨店」は 1Fの化粧品、B1とB2の食料品は 商をしていました。
但し 営業時間は10時から15時まで。
16時に通過した際 大町商店街のほぼ全店がシャッターを 降ろしていました。

あかとんぼ邑の 食品萬屋は 午後でも 日配品が購入出来る様になりました。
ガソリン・灯油は 依然として 購入できません。

宇和島の 櫻は満開にようよう なったそうです。樹にバラツキがあると付記がありました。
靖国神社の櫻は6日遅い 開花とか。
仙台は 何日になるやら。いずれ 花咲く春が来ます。

地震 22

医師団の派遣

仙台市と大崎市(岩出山)と 姉妹都市である宇和島市は、
①3月20日(日)に災害医療救護班(市立宇和島病院 医師2名、看護師2名、事務員1名)を石巻赤十字病院へ派遣し、併せて 医療物資及び救援物資を、宮城県石巻市へ輸送しました。 
②3月24日に大崎市からの要請により、給水車を1台配車しました。(宇和島市水道局職員3名)
有り難いことです。

さて、イスラエル政府は26日、東日本大震災の被災者支援のため、医師や看護師ら約50人からなる緊急医療部隊を、軍特別機で派遣した。宮城県栗原市を拠点に被災者の治療を行う。出発を前に甲状腺の検査を受けた。と マスコミは伝えています。

少なくとも 医師は10人以上の緊急医療隊です。有り難いことです。
甲状腺の検査と被災の少ない栗原市に拠点を置くこと。これは 原爆症が念頭にあるのでは。100km離れています。
海外では 日本全土 原爆症に覆われていると 認識しているのでしょうか。心配です。


ラドン温泉、玉川温泉、ラジニゥム卵。ヨウート卵 これらは 今話題の放射能汚染 ほうれん草と牛乳の出荷禁止 との関係は どうなっているのでしょうか。頭が 混乱します。

地震 21

シオカラトンボ邑の防災部長が 「お陰様で 理解容易な 適切な 被災報告書が出来ました」と 昨日 提出した写真を貼り付けた報告書を披露に見えました。防災部長は 現役時代 大手建築会社に勤務していた故 かかる 報告書は お手のものか。シオカラトンボの写真 匠に活用していました。

パン 大手・中の製パン会社からの供給が依然として 無い のは何故か。
宮城県沖地震の際は 自動車道回復と同時に 怒濤の如く 供給された。今回 自動車開通しても 供給されないのは 不思議と思っていた。
三陸海岸の被災地に 供給されていたのです。納得しました。

パンが買えないから 米不足が囁かれ 米が飛ぶように売れました。闇米時代を彷彿させました。米価は上昇したでしょう。それでも 所得保障をするのでしょうか。

凄い 写真が あります。URLは
1. http://www.eorc.jaxa.jp/ALOS/img_up/jdis_opt_tohokueq_110314.htm
2. http://www.abc.net.au/news/events/japan-quake-2011/beforeafter.htm


宇和島では 櫻観測隊の仲間が主体となって「櫻まつり」を本日 開催しています。
仙臺も後 半月で 桜花爛漫と 咲きます。その頃には すっかり 落ち着くでしょう。ライフライン 残るは 瓦斯のみ。強火使用の調理と入浴が出来ないのみ。生活は 一応 震災前に 戻った と感じています。

地震 20

水道は 本格給水になった。雪解け水の貯水は解除となった。晴天・温暖を待って 洗車に使用することにします。
ガソリン27L・灯油18L 艱難辛苦 3度目の正直で購入しました。ホッとしました。
6時起床。15cmの積雪。窓のみ除雪しスタンドに。最後尾は 2日目の位置より 更に100mは伸びている。Uターンしている間に、最後尾が成長する。瞬時に 我の後ろに5台 6台。スタンドは 遙かに見えない故、並んだ人 スタンドの最後尾かと 何人も確かめに来る。時に6時30分 200台か。

車の屋根の雪下ろしをする。約15cmの積雪は濡れ雪で 枝に付着し 一服の景です。外套を纏い、朝刊と緊急支援物資で届いた図書を紐解く。ポットにお茶を持参したが 飲めば 結果があり トイレは800m先 離脱は出来ない故 飲めない。

昨晩確認した WEB情報は 9時開店。9時30分になっても 列は前進しない。45分前進を開始した。ゆっくりである。10時公園前に到達。ある所に挨拶。いくらでも 待ちの体制完了。進む ・・・。
係員が来た。手に紙を持っている。整理券を貰えると安堵する。3時間 並んで 白紙では 自分が可哀想です。「189番13時から給油」 
時に10時16分 3時間46分の第一ラウンドは終わった。手持ち整理券の厚みから 200台打ち切りと見た。朝5分遅ければ 無駄な3時間46分になるところであった。

第二ラウンド。1時間に40台しか給油出来ない。また 給油時間は1時間です。13時過ぎに到着では 並んで居る内 時間切れを宣言される心配があります。12時45分到着。 また並ぶを覚悟したら 整理券所持を確認されて 構内にスーと入る。「何でも 5000円分だけ 給油出来ます。」 それでは レギラーをマンタンに 灯油 未だありましたら 欲しい」
結果 ガソリン27L・灯油18Lを獲得。時に12時59分。 5時間30分のタタカイは終わった。1日が終わった感じ。

瓦斯は 来月になるかも。月曜日には 作並温泉湯の原ホテル 日帰り入浴に 安心して行く事が出来る。

町内会から 被災写真の処理を依頼された。他人の為 働ける 頼りにされる。嬉しい限りです。

被災後 生き残れる? 有利な人は? と新聞があげたのは
①健康な人。自力で歩行出来る人
②時間に余裕のある人

シオカラトンボは
③根気・忍耐力のある人
④正義心を持っていて、 それを振り回さない 度量を持っている人
⑤公助に依存せず、自助を目指す人
も 必要だな 痛感しています。

地震 19

2週間を経過しました。新聞も 内容は 震災関係が中心ですが、組み方が 通常組み方に 戻りました。
スーパーに出荷状況を調査に行きました。
宮城県北の農家が、ほうれん草等 葉物野菜、人参 山盛り持参し 低価で販売しています。
北海道から 魚も入荷していました。刺身も売っていました。
豆腐・納豆は1人り1丁・1個の限定販売 購入出来ました。
あぶらげ は無くて 何故か 稲荷鮨は売っていました。 
パン・洋菓子・大福等は 皆無です。売り切れた野では無く 入荷しないようです。
宮城県沖地震の際、自動車道 回復・開通と同時に パン類が ドッサリ入荷しました。今回なぜ 入って来ないのでしょう。
シオカラトンボ邑だけの現象では無いです。八十翁も 朝食のパン 未だ買えず 高級カステラを代用している旨 メールがありました。栄養の面で、その方が 身体にヨロシイのではと思います。
カップ麺は、食べ飽きたか 売れずに山盛りありました。

ガソリンが出回れば 生産再開 運送再開 となり ドンド出回るでしょう。通常体制に復帰を始めました・

そうならないのは、牛乳。牛乳は 是までの銘柄は品切れ 東京調布市生産の高額価格の牛乳が限定販売販売されています。出荷停止と工場の操業停止で 暫く 入荷は途絶え 高値になるでしょう。産地の地点から出荷禁止では、工場の機能が回復し 物流が回復しても 元を断たれたから ガソリン以上に 購入は深刻と判断しています。

地震 18

困っているもの

宇和島 櫻観測隊で お世話になった皆様から 電話・メールで 代わる代わる 「不自由しているものはないか、欲しい物は? 欲しいと 云ってくれ 遠慮することは 失礼なことです」 と 有り難い お気遣いを頂いております。感謝です。

今 困っているものは、ガソリン・瓦斯・灯油です。購入出来ないのです。
被災前 マンタンのガソリンも 貰い水優先と 1回の入浴に走行し メーターは半分を切りました。
2日ほど 並びましたが 給油出来ず 空戻り 結果的に無駄な走行で、時間とガソリンを消費しました。
タンカーで塩竃港の油槽所に入荷したと報じていますが、我が近隣スタンドは 連日 入荷待ちの休業です。

瓦斯は復旧作業が始まりました。当地区はC-2地区45.026戸が対象で、山奥から中心部に粛々と進める計画と発表ありました。
末端から中心部に作業を進める、逆ではないと 素人は考えるが。中心部に近い我が家は 日程から後期になるでしょう。
瓦斯が使える様になれば、入浴が出来る。ガソリンが無くて 入浴に行けずに居た。うれしいかぎりです。
瓦斯とガソリン 何れが 先に 入手出来るか。ウサギとカメの競争の様に見栄ます。

灯油 瓦斯が使える様になるまで 在庫があるかです。暖房と湯沸かし用です。暖房は2人揃った時に、書斎は朝一時暖め 厚着で対応しています。
瑞鳳殿も生涯学習施設も閉鎖 会合・会議も全て中止。行くべきところが無くなり 座ったキリの老人になり、書斎の暖房使用時間が増大と暖房と湯沸かし用で備蓄計画以上の需要が発生したのには まいりました。

卓上コンロのボンベ。市場調査したら各店十分な量の販売していました。在庫3本ありますから買いだめは控えました。唯 3本セット 300円から500円と 店に寄って 値幅があるのに 驚きました。

鬼北町からの給水隊の応援を頂き 通水し お茶も飲める 炊飯・洗濯も出来る様になりました。
生魚と乳製品と納豆・豆腐の購入は、困難です。しかし、日持ちのする水産加工品等は並んでいます。ほうれん草も 販売しています。余命10年でしょう。たとえ放射能の後遺症の発病したとして 10年以後でしょう。野菜を食べ キャンプ生活の気分で 日々を過ごしています。

65年前 1945年の物資不足 買い出しの生活に 比較すれば まだ 極楽です。後20日すれば 櫻が桜花爛漫と咲きます。前途は明るいです。

宇和島・神奈川 秋田 広島と 各地からご支援のお声をくださいました皆様 現在 困っている状況は 以上の通りです。
お気遣いに 感謝 申し上げます。
今後 不自由 必要な品が でましたら お願い致します。 その節は ぜひ お助けください。

地震 17

鬼北町の給水車。
宿泊は ホテルか 旅館か と尋ねましたら 浄水場の会議室とか。
布団は。暖房は。食事は。 不自由な環境で 友人・知人もいない 話し相手も居ない 遠方・寒冷の地で 黙々と 給水活動をされているのです。
既に 10日間です。櫻が咲いたのも知らずに。
申し訳ない 有り難い 留守家族も心配しているだろうな の気持ちで 昨日 no16に記載しました。

宇和島市観光課S補佐が 早速 鬼北町役場に 連絡してくれました。その上 不自由していないか 送りますと 有り難い お言葉がありました。
誠に 公務員とは 思われない 迅速な行動と温かいお気持ちです。ありがとうございました。

地震 16

鬼北町からの応援
シオカラトンボ邑は断水中で、邑に給水車が来ました。
なんと 宇和島伊達家領内 宇和島市の隣 鬼北町役場地域振興課事業係の入山さん 桂さん達5名です。
茂庭浄水場会議室に寝泊まりし、ここシオカラトンボ邑8:00-18:00間 住民に給水しているのです。有り難い事です。

宇和島で櫻が咲いた事を教えて上げました。櫻の開花前に出発したのです。31日通水予定ですから それまでの期間 給水車で支援くれるのでしょうか。宇和島・鬼北の櫻 散らないで 帰るのを待っていて。
宇和島市観光課S補佐から頂いた 観光パンフで暫し 歓談しました。
遠路の方です お茶を差し上げたいが断水中 瑞鳳殿をガイドしたいが閉鎖中。世情 落ち着いたら また おいで下さい その節 ガイドしますと約して名刺を頂きました。

鬼北町の皆様 応援 誠にありがとうございます。

このブログ 鬼北町役場と留守の家族の方々の目に触れるか。元気に活動している様子です。






地震 15

ガソリン
今朝 時間1時間を浪費しました。
WEBを確認したら 9:00-14:00給油 但し 要整理券とありました。
8:30現着。約500mの最後尾。見る見る間に しっぽが伸びていきます。大蛇の先は見えません。
9:15 列は進みました。10:00には給油OKと確信した途端 停止し進行しません。
前方から歩いて来た方に「給油していますか」に 「分かりません 途中から出てきて、水を貰いに行くところです」まだ 断水の所あるのです。
前方を偵察してきたオニイサン「整理件無いと駄目です。今日午前の分は昨晩。今日午後の分は配布終わった」 間もなく 給油所のオニイサン「次の入荷はいつ、どのくらいか わかりません。明日の分の整理券 いつ 配布できるかも わかりません」
斯くて 老い先短い人生の貴重な1時間 と ガソリンを浪費しました。 

43歳 航空自衛隊幹部であって 松下政経塾卒業で 自民党系の 宮城県知事は 週末には 民生用は需要に応えられる供給体制になる見込みと 発言しました。パフオーマンス 一時の口当たりの良い発言では無いでしょう。期待し 待つことにしました。

水道
通水しています。幸いです。コップで見るかぎり 無色透明です。
昨日 働なければ 手伝いしなくては と 洗濯部長の留守の際 濯ぎに挑戦しました。何回か 濯いでも 綺麗なりません。
水槽に貯水してから洗濯物を入れ 濯ぎのスイッチを入れるのがマニアルだそうです。それを 洗濯物を入れてから注水しました。コップ検査では発見できない水質汚濁が マニアル相違で発見出来なかったのです。
完全無色透明に通水した時 再度洗濯して 真っ白になるでしょうか。ならなければ 茶色になった下着を着る都度 震災を思い起こす 震災記念品となるのです。まいった。

貰い水には、幼稚園児も参加している。貴重 かつ 有効な生活体験です。思い出になるでしょう。

躯体のみの2輪車で 水を運んでする方が数多く見られます。老人用手押し車より 更に簡単な仕様です。何故 今 こんなに 各家で保有していたか不思議に思いました。高齢者が生活ゴミのプリ袋を集積場まで運ぶ車でした。納得しました。シオカラトンボは車で運んでいました。これを購入します。地球と財布にに優しいことになります。
 
瓦斯
昨日 瓦斯栓を閉鎖に来ました。シオカラトンボの地区は明日から 瓦斯漏れ検査を遠方から中心部に向けて実施すると 発表がありました。
櫻が散る頃までは 瓦斯も復旧するでしょう。卓上コンロの瓦斯ボンベも 売れ切れです。幸い数本あります。この数本が無くなる前に復旧して欲しいです。

地震 14


昨晩 通水しました。11日目です。31日通水予定が 早くなったと ホッとしました。
浴槽一杯の雨水 不要となりました。地震以来 埃りでザラザラしている車 洗う事にしました。
向かいのオネイサン等 向こう三軒の方々 この通水は試験通水で 間違ってバブルを開いたと
水道局で 閉めていました。 間もなく断水です。洗車する余裕はありません と教えてくれました。

断水の前に 洗濯を とかかりましたが。濯ぎの段階で 濁り水になりました。どこか漏水があり 工事中でしょう、
綺麗な水を待って 洗濯は中止になりました。再び 通水された時 晴天でありますように。

ガソリン等被災地 緊急車両向けは 日米の両軍隊が供給しており、民生用は 塩竃港にタンカーが入港したそうです。
後2.3日 我慢すれば 給油出来るでしょう。往復50KM走行しても ガス欠にならない 貰い水の車を使用はないと判断。

入浴に 片道25KMの作並温泉に行って来ました。途中 給油待ちの車の列 2km以上 超長蛇の列 道路左右 数カ所ありました。
完売のスタンドも 数在りました。

入浴可能な旅館ならどこでも とソロソロ走行。2軒目の湯の原ホテル OKの表示。即 入場。
宮城県の生活情報に記載ない施設です。記載ある施設は 料金は通常並み(700-1200円)、シャンプー・石けんは使用禁止 入浴時間の制限もあります。
ここは、入浴時間は 1時間以内に協力して欲しいと柔らかです。シャンプー・石けんは備え付けがあり 当然使用可です。料金も格安500円です。
タオル類は当然持参です。お湯は熱めでコンコンと溢れています。
頭から足の爪先まで洗い 暖まり 40分でした。時間制限が無い同然は気分的に ゆったりします。
時間制限のある入浴は「網走監獄」を思い起こします。

図書館に寄りました。「当分の間 休館」の表示。返却ポストに返本しました。市の生涯学習施設 全て 安全確認のため 休館しています。
開館は4月1日でしょうか。
入学式は4月21日と伝えられています。例年より20日遅い事になります。

続く

地震  13

今回の大震災の死者 宮城県で5053人 岩手県で2650人 全国で死者8450人 行方不明者12931人と報じられました。
空襲での死者に相当する数ではないでしょうか。戦災の際は 街路樹を切ってまで火葬にしたと聞いています。
火葬が当然と考えられていました。

宮城県では27ケ所の施設のうち5ケ所が地震等で損壊し、燃料不足から1日当たり処理可能は80遺体程度、町村では2年を要する所もある。
宮城県内では、仙台、東松島、気仙沼、石巻、名取の5市 南三陸、女川、山元、亘理の4町 岩手県の大槌町が 土葬を容認、仙台市では 市営霊園に身元不明の遺体1600人埋葬可能な墓地の造成に着した と今朝の河北新報は伝えています。

66年前でも 土葬をしなかったのに。それほどの 大震災です。

地震  12

在日米軍の援助

福島原発の事故処理に 援助を申し出たが 政府は断った。故に初動に遅れ大災害になったと報じられていました。
真偽の程は 不明ですが、米軍はムクレテ 消防自動車1台を貸しただけと ありました。

しかし、霞の目基地に米軍ヘリが救援物資を運んできたと報じています。
国会議員 河野太郎しメール20日付けには
「米軍は12750人の隊員、20隻の艦船、140機の飛行機、ヘリで支援を継続中。空母ロナルドレーガン以下11隻は岩手沖、揚陸艦トーテュガは八戸沖、揚陸艦エセックス、ハーパーズフェリーとジャーマンタウンは秋田沖から釜石へ移動。海兵隊はヘリでの支援物資を空輸中。
この他に在日米軍から核・生物・化学防護服を150着、東電に提供あり。」とありました。

各国の援助隊の活躍も 一切報じられません。役立たず 迷惑 の思いがマスコミにはあって 報道をしない大勢にあるのでしょうか。
だすると 了見が狭いです。素直にありがとう と その活動実績を報道すべきと 思います。

地震 11

3人又は3車 並ぶと その列は 瞬く間に長蛇になります。
震災地で 物不足がなせる 技 人間心理でしょうか。とにかく ならぶ です。

6時起床ラッパ鳴り響き、斥候が「既に10台並んでいる」の報告。参謀は「直ぐ行き 並べ」の命令。
昨夕 閉鎖されたスタンドに 入荷したのか するのか 疑問ながら 長期戦を予想し 水・飴・煎餅にカメラ、図書、新聞に 最後 防寒衣を詰め込み出発。
途中のスタンドは 既に30台くらいの長蛇。目指すスタンドは300mで最後尾。位置として公園と交番が直近。トイレと非常時通報は確保したとニンマリ。新聞を読み、普段 読み切れない図書を広げ、ラジオを聞き、煎餅をほほ張る。寒いが  ガソリンの辛抱 暖房出来ない。
8時 既に90分経過。坂をオジサンが降りて来た。「2km先の山の上 環状線沿いのスタンド 明日9時販売と小さく掲示してあったので 車を並べ置いて来た」と告げた。3人の立ち話となったら 遠方から数人が寄ってきた。「なにか 良い情報・・・・・・」
不確かな情報で 不確かなスタンドを求めてチョロチョロ 走るはガソリンのムダ使い。ココで静止・待機することにする。
40分後 車が前進しました。給油開始したのかと 前進 前に続きました。50m程で止まりました。
20分ほど後、交番のオマワリサン3人 プラカードを持ってきました。「CSは営業しません」 誠に簡潔 分かり易い9文字の情報です。
前車のオジサン 「警官の情報正しいだろうか」と諦め切れない 独り言。
神 佛のお告げと オマワリサンの言葉 情報を信じなければ この非常時は 生きて行けないでしょう。Uターン 帰宅しました。
早朝 寒い 3時間ドラマでした。

販売店の本社のHPを確認したら 「仙台市内全スタンドは 在庫切れで閉店 入荷したら 知らせます。路上に並ばないで下さい」とありました。

水道は24日以降31日までに 配水すると新聞にありました。遂に 町内にも 配水所が出来ました。山口市の給水タンク車です。日本の果てからも応援にきているのです。有り難いことです。

被災地 緊急車両に 優先的に ガソリンが供給されています。一般民生用は 後数日の我慢でしょう。生きているだけ幸です。

櫻 日本一

NHK愛媛は 次の様に報じました。仙台のマスコミは 震災の報道が中心で 一切余分な?事は報じていません。余裕がないのです。気持ちとして 明るい ニュースを全ての人が欲していると思い 全文 転記しました。

宇和島市 サクラ開花と発表

市独自にソメイヨシノを観測している宇和島市は、20日、サクラが開花したと発表しました。
宇和島市では、6年前に気象台の測候所が無人化されたことをうけ、市内の丸山公園にあるソメイヨシノ2本を、サクラの開花の目安として、独自に観測しています。
20日、気象庁OBで、市から観測を委嘱されているサクラ観測員の五十嵐廉さん(66)らが2本の木それぞれに、5輪以上咲いているのを確認し、宇和島市はサクラが開花したと発表しました。
これは、平年より2日早く去年より6日遅くなっています。
五十嵐さんは、「東北関東大震災で、多くの方々がつらい生活を続けておられますが、日本を象徴するサクラが開花したという明るいニュースを宇和島から届けることで、少しでも気持ちを和らげてほしい」と話していました。
宇和島市の丸山公園には、およそ900本のサクラが植えられていて、今月下旬から来月上旬にかけて、見頃を迎えるということです。

03月20日 17時31分

地震 10

「日本のデフレは終わった」 「日本人の品位は世界一」と感じました。
スパー・量販店に 長蛇の列で 2時間 3時間とジット立って待っています。割り込む人はいません。

「火事場泥棒」と云う日本語がありますとおり 若干のコソドロが発生していると報じています。
まして ともすると 伝えられる外国の様な 略奪は 全くありません。
「日本人の品位は世界一」と感じます。

入場制限のあったスパー・量販店も15時になると 自由入場OKとなりました。
生鮮食品・アルコール飲料・米が沢山 販売していました。よくぞ これほど仕入れが出来ると、店の能力を高く評価します。
但し 価格は 従前より30-50%高くなっています。やむ得ないと 思います。

是機会に安値競争は終わり、「日本のデフレは終わった」になるのでは。

例外は 県北のガンリンスタンドで Lあたり200円で販売したそうです。震災前135円であったから これは 暴利です
さすが酷いと マスコミがとりあげました。

20日 震災10日目 貰い水に終わりました。車の給油は スタンド閉鎖で駄目でした。
町内の工事現場で 地下排水をトイレの用水として ドラム缶3本並べ 提供していました。

櫻 開花日本一

伊豫宇和島の櫻 咲きました。
櫻観測隊長から11時28分 
4輪を確認した。後3.4輪 開花寸前です。
規定の5輪をクリアします。
14時に再確認、14時30分 宇和島市長が宣言するセレモニーを開催する。
以上の電話がありました。

今朝は7時から 観察が始まり 10時の定時観察での一報を期待し 電話を手許に 待機していました。
11時にも 震度4の強い揺れがありました。地変は続いても 天候と植物は 年々歳々と 変わりなく巡っています。
奥州仙臺にも 間もなく 梅・櫻と 花咲く きせつが確実に訪れます。

地震 9

宇和島の櫻 1輪咲いたそうです。でも 3輪咲かないと 開花宣言できません。
明日には 朗報を聞けるでしょう。

仙台は、快晴温暖となり、屋上の雪も溶け出しました。下水に直結している雨樋の一部を切開、途中で採水しました。
11時を過ぎたら 迸ります。バケツは瞬時で満杯になります。運ぶ間の 垂れ流し防止 直径1m余の漬け物桶に貯めました。
2時間往復の結果 浴槽は満杯になりました。
これで 安心して 排便出来ます。

ご近所も 真似をして 屋根の雪解け水を採取していました。

今一人の老人は、「今日は頑張るゾ」と体調を整え、防寒衣を纏い ご近所のご婦人とチームを結成し、量販店に向かいました。
3婆 3時間激論 退屈しなかったと サモナイ食品を購入し 意気揚々と 帰宅しました。

高齢者には、2時間の水くみ 3時間の立ち行列待機 普段出来ない 良い経験をしました。

仙臺城址 石垣崩落のニュースが入ってきました。文化財・史跡の被害が まだまだ 数あるのでは。

続く

地震 8

明日から 春彼岸 です。
秋田のお寺様から 彼岸行事を滞りなく 行っております。
3辺90cm迄なら 荷持の発送が可能なので 必要な品はなにか?とメールを頂きました。
普段は 無信心で お寺様に尽くしていない 信徒といえるか疑問の者に 温かいお心です。
お寺は 葬式屋と 揶揄される中に こんな 温かい お寺も あるのです。

河北新報夕刊によれば、「あるお寺の墓碑の20%が転倒した。転倒していなくとも 揺れ 動いているので 墓碑に触らないで 出来れば 立ち入らないでと 警告・張り紙をした」の記事があります。
旧来型の墓碑では そのとおりでしょう。洋風の高さ制限の墓碑でも ズレ 移動があるのでは。シオカラトンボ家の墓碑も心配ですが 車のガソリン補充が心配で行けません。 

no8で ホカロンを 被災地に送ってと書きました。
TVで ホカロン00万個 スコップ 軍手も 送るとありました。 人ごとながら ホッとしました。

向かい屋敷の独居老女様。一時帰宅されました。避難所生活を満喫されている様子に 人ごとながら ホッとしました。
朝晩御握り出ます。ストーブを焚いているので寒くはない。プールの水があるのでトイレが使える。一人無く一が沢山いるので 夜の余震も怖くない と申していました。 でも、 自宅に戻られる日が早く来て欲しいです。

隣屋敷の主、「シオカラトンボは 調理燃料どうしているか」のお尋ね。七輪・炭を使用していたが 炭の在庫が僅少になつた。ガスの復旧迄 あと1ケ月 どうしよう の思案でした。卓上コンロは 完売しています。コンロと ガスボンベは いつ入荷するやら。

町内会の昼1回の炊き出しも 食材と燃料の補充困難らしく 昨日で終わったようです。
町内会の夜警巡回 ガソリン補充が心配で 中止になりました。臨時の暖房器具を使用している家庭が多いと思いますから 本当は注意喚起が必要でしょうに。イタシカユシです。
20日の避難所開設・運営の研修 22日の23年度防災計画策定会議は 全て 中止になりました。研修の前に実践です。実戦です。

続く

地震 7

震災8日目
依然として断水しています。シオカラトンボ邑の水系は31日までにと報じられました。
後2週間の辛抱です。津波被害の皆様に比べれば 我慢の範囲内です。

夜来の積雪は 今季最大量です。バケツにて溶けるのを待っています。気温が上がらないので 期待する程 溶けません。

避難所では 体力維持 健康に配慮と お上は民に申しますが、ストーブは少なく 御握り1ケ 毛布1枚では 民は 餓え 凍えて 旅立ちます。
事実 100歳の高齢者が一晩で足腰立たず・・低体温症の恐れあり・・と報じています。

熱いお湯を入れたペットボトル 脇の下に 挟むと 低体温症に効果があるそうです。でも、熱いお湯を入れたペットボトルが調達できるか疑問です。

「ホカロン」(正式名称不詳)は 有効です。1昼夜 効きます。使い方誤ると低温ヤゲドをしますが。
救援物資に 入っていて 配られているのか。報じられませんが。
備蓄の品目に これも入れて下さい。ガサバリマセン。

干物 例えば するめ 貝柱 煮干し 星昆布 口寂しい状態の時 有効です。
缶詰は 缶切り不要の缶 です。

地震 6

破損事故
パソコン仲間 メーリングリストで続々 安否と被害状況が寄せられています。
棚からの落下は当然で話題なりません。意外にあるのが テレビが倒れ 破損し、みれないで依然としてラジオ。または、アナログに戻った の報告です。地デジ化対応で 購入するテレビは 全て薄型 これが 裏目に出ているようです。

マッチ
電気が止まり フアン式ストーブが使用できず 旧式の石油ストーブを現役に復活させたは 良いが 電池式で 電池の備蓄が無かった。電池式で無く マッチで点火方式なのに マッチの備蓄が無い。マイッタの情報がありました。
煙草は吸わない ほぼ 電池での点か方式が 主流の現在 意外な盲点です。

続く

地震 5

備蓄
宇和島の櫻観測隊長から 早々にお見舞いを頂き、又、ブロクを拝見し 元気づけられています。
親子一同 防災・備蓄対応会議を開催した旨の記事を拝見しました。

参考になるか シオカラトンボ の備蓄と 震災直後の商店の対応です。順不動になります。
1.現金は 日常生活費以外に ある程度保有しておくべきです。
  カード決済が 停電で出来なくなります。すべて 現金決済となります。

2.被災と同時に停電となり、量販店等全て 店内販売が中止閉鎖になりました。
  翌日から 店頭現金販売です 長蛇の列です。店によっては一人10点までと制限しました。
  被災3日目で 商品が無くなり 量販店・コンビニは 閉店・休業となりました。

3.売れるものは 何でも 売れる。
  普段 立ち寄る人の少ない ケイトラ焼き鳥屋 長蛇の列。一杯飲み屋は 店頭で おでんを販売。
  プロパンガス 水 軽油を確保した人々は 飛ぶように売れる商売が出来ました。
  生花店では アロマキャンドルを。

4.主食
  米は、夫婦で1ケ月分はありました。
  非常食 防災訓練で頂いてありました。平成14年10月製造 保証平成19年11月 クラッカー26枚 1袋 22年11月保証期限は数袋
  いずれも 食べられました。腹痛を起こしませんでした。

5.副食品
  冷蔵庫から 次に 冷凍室に。普段 詰めすぎを指摘していましたが 結果的に 助かりました。
  停電が 寒い時期でしたから 冷凍室の食品の解凍に繋ながらなかったのも 幸いです。

6.炊き出し
  町内会は 4日目から 昼 おにぎり1ケとみそ汁1杯の炊き出しをしました。 断水しているのに だれがどうして 作ったか 不思議です。
  カボチャと小豆 暖房用ストーブで 調理 向こう1軒に炊き出しする。独居老人に カップ麺用 熱湯。80老に水 一桶30L位

続く

地震 4

昨日 宇和島ツーリズムの代表Y様から お見舞いの電話を頂いた。
真珠養殖と民宿を生業とされており、「真珠養殖とは」を現場で 詳細に説明を、体験宿泊もさせて頂いた方です。
テレビ「人生の楽園」に夫婦で その活動を紹介されています。
3月1日から3日まで 全滅に等しい被害を受けた三陸海岸 田野畑村に研修に訪れたそうです。「養殖」と云う目的で共通する立場。

津波警報が発せられた際、太平洋側は全て 表示がピカピカしました。アナウンスに「宇和海」と報じられ驚きました。三陸沖震源の津波が 内海と理解していました。愛媛県の海岸をも襲うのかと。 

宇和島の海岸はリアス式です。養殖をしており、町は埋立地です。今回 大被害を受けた 三陸海岸と共通しています。
宇和海も 一衣帯水 繋がっています。もし 津波が襲った場合 同様の大被害に見舞われるでしょう。

Y様は ホッとされたと同時に 我々以上に 被災者の心情いかばかりかと 斟酌されて のお見舞いの電話と 改めて感謝しています。

地震 3

被災6日目 水道とガス が未だ 復旧しません。

ガスは 無くても 暖房は石油ストーブで 湯沸かしも石油ストーブで。炊飯・煮炊きは 電気調理器具が使用出来ます。
卓上コンロ、七輪に炭の在庫もあります。
復旧まで 後1ケ月と伝えられていますが、耐えられます。

水道 断水はまいりました。
2Lのポット8本 500MLは24本の備蓄ありました。「はるか」等柑橘類を2箱購入したばかり。飲料には 心配ありません。10日間位は大丈夫の備えはありました。
問題は、トイレ用の水です。浴槽の半分ほど貯めた時点で断水です。後 何日 断水するのか それまで 保つかです。情報では後2日だそうです。
今朝 降雪がありました。屋上ベランダの積雪を浴槽に貯めました。
気温が低下し 予想通り 融雪しません。バケツに入れストーブの前に置いて溶けるのを待っています。

仙台大学川平校舎で無料給水しています。大きい漬け物桶に新品のビニール袋を装填し3日 貰い水しました。
八十路先輩から 「水が欲しい」との電話で 一桶 届けました。
雪を風呂桶に備蓄したと伝えたら 子供から 「雪には放射能が含有しているから 駄目」と禁止された申していました。雪も雨も 天から降ってきます。水道水、ペットボトルの水も 雪解け水も 変わりない 同じ 将来のある若い人は別として 高齢者は関係無いと思いますが。

電気 15日22時に通電しました。夜も明るい ホッとしました。
バソコンの使用が可能でした。約300本のメールが入っていました。お見舞い 安否確認のメールも頂いておりました。
約20本 簡潔ながら 無事と発信しました。
電気が無いと テレビが見れません。目からの情報が入りません。迫力の問題です。ラジオと異なります。
夜のとばりが落ちる前に 夕食を済ませ 暖房の節約からも 早々と就寝 布団の中でラジオを聞きました。
日没に就寝 日の出共に起床 自然に素直な生活 原始人の生活でした。

電話 音信不通は生死不明と親族・親戚・知人・友人の各位に大変なご心配をおかけしました。

固定電話 11日 発災と同時に不通になりました。12日6時ダイヤル式旧型電話器が通じました。親族に生存を伝えました。間もなく不通になり、開通は16日16時でした。親族から主なる親戚に無事を伝えておりました。本人からと夫婦手分けし 電話しました。お互いにホッとしました。

携帯は3日目には 電池切れになりました。電気が無く充電できません。通じた時も 電波が安定せず 繋がらず難儀しました。これが 予想より早い電池切れの原因で無いでしょうか。
5日目の15日 充電器とセットで持参し 2km圏内を徘徊 探索しました。コンビニ軒並み(営業休止していた)、シミンセンターも駄目。交番に行きました。警察電話は通ずるでしょうが 電気は通電していなく、笑顔のオマワリサンに ニッコリ断られました。
歩きくたびれた時、数100m先のスタンドに車が入っていきます。モシカシタラです。手回しで給油していましたが、店には点灯しています。「電気を分けてください」に一瞬理解できない表情でしたが 充電器とのセットで理解して 応諾。40分ばかり充電しました。
これで 一安心です。救急車 消防車 必要とする時 呼べる様になりました。心強いです。
15日22時に通電を待って 本格的に充電しました。90分要しました。

パソコン 光回戦ではありません。電話が不通で なぜインターネットが出来るのかと 質問されましたが 私には分かりません。何故でしょう。

ライフラインについて以上です。
食料品 食事は 次の回です。

地震 2

バス乗車取りやめたオカアサン ようようと たどり着き 揺れが一瞬止まった時 玄関のトビラを敲きました。ドンドン
「オカアサン 早く はやく」 ヨタヨタ 出てきて「家の中 大変」 親娘 無事 ご対面。次は 下校時の孫の心配。
無事 間もなく帰宅しました。ここに3世代そろいました。よかった。

隣屋敷の旦那 玄関扉を開放 「ワー 入れない」落下物の散乱です。 「カーチャン 早く帰ってコナイカナー カギがなく台所から入れない」
政権交代 一家の主は カーチャンであることを 内外に表明した瞬間。

我が家 落下物 予想を裏切るほど 少なかった。花瓶が4分割し 部品が3ケまで発見 ボンドで貼り付け修復した。1ケ所 欠けているのは 震災記念です。
Uさんから頂いた シオカラトンボ 細工物 片羽根が 取れました。削りボンドで修復しました。

電気 ガス 水道 電話が相次いで 供給停止。備蓄があるから 避難所入りの必要は 無い。

向かいの独居老人を訪れる。収集した硝子食器が室内に散乱 呆然自失の状態。
座れる場所 確保のため 破損した硝子器を拾い集める。
民生委員と息子が駆けつけ 避難所に避難しました。 

続く

地震

今回の地震 屋外で体験しました。
初体験です。夫婦で昼食後の散歩をし、シオカラトンボ屋敷に角を曲がった途端。地球が左右に動きました。一瞬 体調不良に陥ったかと思いました。ドンドン 揺れが激しくなります。5m程 歩みました。歩けません。立ちすくみです。

電柱の先端が巾2m位 左右に大揺れです。結ぶ電線が 大波 波打っています。電線が切れたら 電柱が倒壊するでしょう。後で 気づきましたが 電柱には トランスが上がっていました。是が落下したら 1発でペッチャンコでした。

20m先のお宅の前に 生協の宅配のワゴン車。左右に大きく揺れています。運転・配達のオニイサン 倒れないように 必死の形相で支えています。結果として 倒れるのを阻止しました。オニイサンは力持ち。荷持ち 受け取りで待っていたご婦人達 階段にすっかり座っていました。
15m先の石塀がスーと道路に倒れてきました。長さ30cm 高さ20cm 巾20cm 重さ50kg位の 大きく重い秋保石風を積み上げた 高さ2m長さ5m程の塀です。グラグラと来た際 寄りかかりたくなる 石塀です。地震発生 数秒後 倒壊したのです。門の反対片側は 健在です。どうして この部分のみ倒れたのでしょう。
後程 塀の残材を撤去していた家主様の談話では、水道・瓦斯の両管の地震に強いと称する管に敷設換え工事に無理な刺激があり それが原因と語っていました。管が地震に強くとも 塀が倒れては 地震に強いとは 云われないでしょう。無理無理工事で 工事の請求があり、塀の修復工事費と2重の出費となった 家主様 泣くに泣けない心境でしょう。続く 

東北・関東大震災

シオカラトンボは 被害軽微で 生命・財産に異常はありません。
宇和島櫻観測隊の皆様 はじめ 各地から 早々に安否確認とお見舞いのメールを頂きました。
震災4日目の深夜 通電して、パソコンはOKを確認しました、
固定電話の不通は依然として続いています。、携帯は電源切れ不通は解消しましたが 接続困難です。
水道 瓦斯は依然として 供給はありません。
飲み水の備蓄はありますが 食器洗い、トイレの水が底を尽き 漬け物桶を持参貰い水に行きます。
今暫く 不自由な生活が続くでしょう。でも シオカラトンボは元気です。
皆様のお見舞いに感謝致しております。 

地震情報

昨9日三陸沖地震発生。タマタマ 福島市内を散策中で 地震を感じませんでした。ノホホンと40年前の街並みを思い起こしておりました。
携帯が突然鳴りました。デスフレーは宇和島の櫻隊長の番号です。
地震の見舞いでした。誠に 情報の早いのに驚きました。
続いて 在横浜や各地の知人からも 見舞いのメールが入りました。
情報の伝達の早い事に 驚嘆しました。
知らぬは佛 知らない本人は ノホホンとしていました。
お見舞いにしどろもどろ の返事をしました。マイッタ マイッタ。
なお 被害は皆無でした。
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