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梅が宇和島の櫻観測隊長の所で咲いたそうです。1月28日です。早いです。
梅は雪が降る季節でも咲くのですか。驚いた!先日10-40?cmの積雪があったのに。
昨春 宇和島に滞在し臥龍梅に接した際、何れも花も花殻もありませんでした。仙臺は梅と櫻は一緒に咲きます。未だ咲かないのか、遅いなと思ったのは、トンダ無知でした。3月はすっかり花が終わっていたのです。

宇和島には、政宗公が朝鮮半島から持ち帰った梅(臥龍梅)の末裔が4本あります。
天赦園に1本、市役所前庭に2本、秀宗公墓所に1本。これらは いつ咲くのかな。
先日の講演会で、末裔の4本を紹介しましたから 訪宇された方 御対面をするでしょう。

持ち帰った梅(臥龍梅)は、若林城跡(宮城刑務所)に健在で、樹高8.6m 幹周1.3m 枝貼 東西17m 南北22m 花 白一色、大輪で 薫り高 く果実大と云われ、国天然記念物と市保存樹木にそれぞれ指定されています。

天赦園の1本は、瑞鳳殿拝殿前の1本と兄弟木であると天赦園の掲示にあります。天赦園では、実がなるのか確認しなかったが、瑞鳳殿では10年間で1回3粒 拾っただけ。少子化現象の梅です。なぜでしょう。過保護なのでしょうか。
「櫻切る馬鹿 梅切らぬ馬鹿」なる言葉あると あるひとの言。正解でしょうか。
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居眠り

仙臺藩志会新春例会で「西の伊達家 秀宗公の宇和島を訪れて」と題して80分間講演しました。
話の内容と配布資料は、「あかとんぼ瑞鳳殿ガイド日誌」の23日に記載のとおりです。
参加者は、伊達家家臣の末裔を中心とする市民75人です。
今回は、会場のプロジェクターの突然の故障で、現地撮影の厳選した写真の公開が出来なく、宇和島市商工観光課S補佐にお願いして、特別に送付頂いた観光冊子「伊達十萬石の城下町宇和島」の各ページを縦横に開閉し、伊達博物館のY学芸員からの資料を咀嚼し、聴衆の反応を確かめながら語りました。之で宇和島を語ったのは3回目です。内容は微妙に変化させました。今回も充実した内容と自負しています。
終了後 良く調べましたネ  宇和島が良くわかった 又行きたい等のお言葉 頂きました。今日の参加者には 数?年前に 藩志会として訪れた方がいまして 特に その感があったようです。
お世辞でも 褒められれば嬉しいです。これはS補佐初め宇和島の皆様からご支援を頂いた故です。感謝致します。

今回で3回目延べ175人にお話しましたが、只の一回も 一人も 居眠りした人は居ませんでした。
各種講座で必ず 船を漕ぐ人が数人以上居ます。これが居なかったは 熱意が伝わった故と自己満足に浸りました。 

わからない    

満員バスで席を譲られたら 素直に受けますか。断りますか。
譲ったのに 断られたら 傷が付き不快ですか。何も感じませんか。

実は、大きい幼児と大きいバックを抱え 更に幼児用車椅子を抱えた 子育中の母親が乗ってきました。出産前は スレンダー、綺麗なボデイと云われたでしょうが 育児中の母親としては貧弱な体格です。一目で これは 大変と思います。
高齢のオバサンが 席を譲ると声を掛けましたが 断られました。譲り合いの席いたオジイサンが
声を掛けました。なぜか 又 断られました。
子育てママは2回 断っていますから 更に混んで来ましたが 誰も もう譲ろうとはしません。

がに股状のお婆さんが乗ってきました。体型的に立っているのは厳しそうに見えます。
先に、断られたオバサン、オジイサンは 傷ついたのか 譲ろうとしません。
私 このお婆さんに 声を掛けました。 しかし なぜか断られました。

私は 譲られたら喜んで感謝し 厚意を受けます。只 譲られる事が無いのが残念ですが。
社会は、子育てママと高齢者には やさしい気持ちを持っています。
なぜ お二人は断ったのでしょう。私には断る人の気持ちが わからない。

なるほど

DVDが日没寸前に届く。郵便屋さん 午前に配達してくれれば 最高に感謝。
ジャコ天は、原料から 調理まで。ジャコとは どんな魚か判明。まるごと食すは 骨が丈夫になる。
パールコロッケは、食べなかったが、真珠貝柱入りカレーライスは馳走になった。
雉は、鬼北町の産物。三間の米、きなこ餅は馳走になった。
今度 訪れたら 雉鍋 真珠コロッケを馳走にならなくては。当然 宇和島方式の「鯛めしと鯛刺」も。
電話で知らせてくれたSさん ニコニコし黄粉を石臼で挽いて居た。何度か映る。

宇和島城とか 天赦園に 闘牛 和霊神社等 観光的な所 題材に無いなと思っていたら、最後にスポンサー紹介。農協でした。食べ物ばかり 題材になる訳が納得しました。なるほど

カメラが良く 綺麗な画面です。懐かしい所ばかり。
Sさん ご多用の中のお知らせに 感謝します。

事業仕分け

小学校・中学校・市民センター等から 毎月 たより が回覧板になって廻って来ます。
「事業仕分け 回覧を辞めるべき」の提案が 区会議でありました。

学童等のいる家庭は、こどもが持ち帰るので 二重で経費・時間の無駄使い の発想の様です。
議長「読んでいる人 必要とする人 いますか」の発言。
家を出る際 「発言しない 立ち枯れ木 成立要員と割り切りなさい」云われていました。で躊躇。

「必要とします。読んでいます。学童の居ない我が家は これが学校の行事等を知る 唯一の情報です。「子供は地域の寶」のモットーからも 必要情報と思います」と発言。
結果、必要ない人は 読まなくて結構です。の議長名裁決。

問題提起者は「センセイ」と呼ばれていました。偉い人だったらしいです。
偉い人と立ち枯れ隠居では 情報格差があるを再認識しました。
「事業仕分け」 この様に使われる 言葉と 知りました。

町内会役員

町内会役員選出の会議が集会所で開催された。
仙台市の町内会の組織は、班・区・町内会となり、更に 小学校区連合会・全市連合会となる。
一般住民が関係あるのは、町内会まで。それ以上は好きな人の担当。

さて、4月からの役員選出 小選挙区の班長は 年当番で自動的に決定。町内会の役員は中選挙区から 区長の外 各部要員として10数人を選出しなければならない、さて どうしましょうか となりました。部員候補が選出されていない班から、不足分を選出しましょう。シオカラトンボは防犯部継続を了承していますから お宅の班は 後要りません。で 隣の旦那70歳に1回しか声がかからず選出に至りませんでした。会議に出る位ですから 2回目の声がかかれば 応諾したのでは。
問題は、継続OKの居ない班 希望者要るでしょうか。どの様に選出するか です。

10年前、此処に帰ってきたとき、新人は役員に就任しなければならない と強引な物言い、嫌がらせの人が居ました。聞いていると 町内会役員は 転入者に対するペナルティに聞こえます。役員やりたく無ければ 出ていけ の言動でした。私は出戻りです。その論理は通りません。それは おかしいでしょう 町内会の目的からも 反するでしょうと 論争しました。
以後、出戻り ツイの住みかに落ちついた人居ます。嫌がらせは 受けなかった様です。班長の 年当番で自動的のルールは守られています。

にっぽん菜発見 宇和島

瑞鳳殿ボラガイドの爺様は、日曜日の朝8時40分に家を出る。
9時25分電話のベルが鳴る。ボラガイド支援機構理事長が出る。宇和島のSさんから。
庄屋屋敷の保存と日本一美味い米「愛のしずく」を生産・販売されている方。
「9時30分から、仙台の○○局で、宇和島紹介の番組を放映する。自分も映る」の内容。
即、子供に録画を電話依頼。画面に釘付けに。主な項目は
○宇和島の影色と海の色
○鯛の生け簀  刺身と鯛めしの造り方 
○ハートオニオン
○ジャコ天  ○中や
○きさいや広場 (きてくださいの意)・道の駅  真珠貝のコロッケ
○牛鬼の巨大山車
○高麗雉
●古民家で鍋 庄屋毛利家を守る会の面々が炉を囲み雉鍋。石臼できなこを挽く。
ここで、Sさんの出番、
「にっぽん菜発見 愛媛絶品漁師飯」と題する番組。
一人 放送を見た人、訪れた個所、、馳走になった鯛めし・ジャコ天と 懐かし場面ばかりと 呟く。
早速電話。不在。18時10分再度電話。お礼を。雪40cmも積もった等の近況を語る。
子供からDVD化 只今発送の電話。19日夕には配達になるだろう。楽しみだ。
DVDを見たら 続きを書きます。

菜は 再の誤りで在りません。

爺メール

パソコン教室の先生をしていた仲間の新年会がありました。
80歳の先輩が「最近 Gメールを始めた。良いものだ」のご宣諾。

Eメールは一般的です。Cメールも使用しています。Gメールとは 初耳です。爺メールにも聞こえます。爺様専用メールがあるのか、 参加者の半数はオバサンです、となるとオバサンのOメール もあるのか、隣の若手に教えを請いました。

しおからとんぼさん それは GOOのメール Gメールです。爺様の爺メールではありません。オバサンのOメールはありません。

周囲 大爆笑でした。80歳の先輩 キョトンとしていました。

10年に1

昼食時、BS全国ニュースで、松山局から宇和島の雪を報じて居た。
モサモサ降り、人も車もグチャグチヤした道を難儀しながら歩いて居た。
局の解説では10年に一度の大雪との事。
10cm程の雪で全国ニュースになるとは、やはり 南国です。 

南の国に雪

櫻観測隊長のブロクに 雪だより が続いて居ます。
今朝 1月14日5-8cmの積雪があり、轍の写真が掲載されています。
北国仙台は、無積雪です。南の国に積雪 驚きました。

櫻観測で滞在した昨春3月、到着時 温暖な地の予想は外れ 寒いと感じた。
原因は、天候異変で低温となった。着衣が仙台の櫻咲いた気温を想定したものであった。暖房器具の仕様が違った。でも、風邪等体調を崩す事は無かった。

「まいったな」 と感じた事があった。 3月末 漁業民宿で「仙台は北国 寒さに強いですね」と 応接された時です。この言葉は 効きました。

私が 宇和島は南国 温暖と思ったと 逆に 仙台は寒い国と 思われて居たのです。
宇和島は、南国 温暖 柑橘類の産地のイメージ。 これは抜けません。
雪だより に驚きました。

悲しい現実

日向があれば 日陰もある。これが現実。
今年は寅年。年賀葉書のカットで持て囃されても 今日のドント祭で正月はお終い。寅年は忘れ去られる。
現実の虎も、我われの意識と同様らしい。あるレポートの記事
「 20世紀のはじめに200万頭はいたと推定されるが、国際自然保護連合(IUCN)の2009年の調査では、アジアとロシアの13ヵ国で3402~5140頭しか確認できなかった。これは世界中の動物園やサーカスで飼われている数よりも少ない。」
悲しい現実です。12支の動物 虎以外の運命は 之如何にです。

シオカラトンボの支は、昔は各家庭に必ず居たが、今は 居ないのが当たり前になった。でも、誰もそれについて問題提起しない。人様にマイナス効果しかなければ当然かも。

宇和島に滞在し、宇和海巡りした際、島々が沢山あり、それぞれ歴史が当然持っているを知りました。興味深い話しに、鼠に島が占拠され その駆除に 鼠課長とポストを設置し、ネコの移住を含めたあらゆる駆除方法を試み、艱難辛苦 数年を要して、鼠島から人の島に戻った。しかし、鼠は1匹も居なくなったが、人口は高齢化で減少している 悲しい現実の話しでした。

誤記

大東亜戦争 開戦は 1941(昭和16)年12月8日です。
早速、多数の方々から ご指摘頂きました。本文は訂正しました。
年 の誤りは致命的です。単純ミス と言い訳になりません。不覚でした。
ご指摘 下さいました 皆様 ありがとうございます。

なぞ

昨朝 防犯当番で小雪舞う 辻に立った。
小学校5年生にみえる男児が突然「オジイサン 先の戦争はいつでしたか」の質問。
先輩が「昭和16年です」 すかさず 「西暦でお願いします」 待ってました「1941年です」
アリガトウ と云い 学校に行きました。

さて、 何で 我々老人に 登校時の忙しい時に 聞いたのか。
1945年以来 日本人は実戦を経験していない。なぜ10歳ソコソコの学童が質問したのか。
質問するからには 大東亜戦争があった事を知っているから 質問したと思います。
なぜ 親に質問しないで 我々にしたのか。親は面倒な事 自分が知らない、自身が無いことは、全て 学校と社会に 投げ出しているのか。の疑問が湧きました。

先輩は 始期を答えましたが 終期で答えるべきではないかな。通常 戦後何年と計算しています。
瑞鳳殿でのガイドも 復元完成時で答えています。工事着工時では 答えていません。

いずれにせよ 歴史に興味をもった学童が築にいることは 希望がもてるな 思いました。

新春雑感

門松
門松に地域性があるのを知りました。うかつでした。
竹 3本の斜め斬りは 関東流とか。伊達領は別であったとは。
宇和島は 真珠の養殖が盛んです。養殖棚のブイを生かした門松を櫻隊長は飾られ、写真を頂きました。見事です。福の神の来訪が 数あるでしょう。

静寂
我が家を含めた、この一画は年末年始も静寂でした。子供や孫が来訪し、宴を開いた様子がありません。寒さは毎年の事 不況でしょうか。それとも 老人に無用の刺激を与えない方がよい、長生きしてくれると判断したのでしょうか。

正月料理
食料品店は、元旦も営業しています。食材は必要とする時点で即 求められます。作り置きする必要がなくなりました。老人は食が細くなりました。特別に高価・珍しいものを食べたいの欲望も無くなりました。訪ねて来る人もいなくなりました。特別に正月料理は造られ無くなりました。
毎日が 正月料理と思って 食しています。

お年玉
婆様は 誰かにあげたい性格。爺様は 高齢・無収入になった故 「老いては子に従え」の格言から まだかと 待っている。
ある会合で、不況 馘首で 子供から援助を求められた高齢者の嘆きを聞いた 瞬間。爺様のツブヤキは停まりました。お年玉貰えなくとも 子供に生活支援しなくとも良い現状は幸福だと。

入学
小学校入学は、日本国民としての義務であり 権利です。この春 孫は 日本国民年の義務と権利を行使する事になります。昔は幼児の死亡率が高ったが深層心理に働くのか、入学許可書が届いたの知らせに、思わず 先祖の加護に感謝し、爺婆で祝賀会を開催した。出来れば 日本国民を安寧に導く指導者に成長して欲しい。
入学用品の全てを揃える位いの金子を御祝いとして贈りたい。しかし、それでは 育児責任者の親の立場を侵すことになるので、些少の金子を贈呈した。鳩家と蜻蛉家の違いです。

楽太郎
落語の楽太郎師匠の講演会がありました。
前座が証券会社の日本経済 投資環境の見通しです。久々に、TVやPCでは得られない情報、資料に接し、新鮮な思いをしました。
会場は仙台駅中ホテルの大宴会場全面ぶつ抜き。参加者500-600人 男:女の比率6:4です。仙台には小金持ちの婦人が多いのか、我のように「楽太郎」目当てなのか 定かでは無いが。
平日の午後 当然高齢者が多い故か。特に爺様は笑いが必要と語る。納得。

仕事始め

その昔「御用始」と申しました。
遅く出勤し、賀詞を交換し、幹部の訓辞、乾杯。各課単位で祝宴し解散。
本格的仕事は、翌日5日からでした。

毎日が日曜日となって、会計年度の途中になぜ 年末年始 休まないと行けないのか。公家政治の遺物ではないかと ブツブツ。

地方公務員は、ブツブツの先端を行っていました。「大晦日に雪の中を出勤した」旨のブログを読みました。「4日の8時にメールを確認した」の連絡がありました。
働いているのです。地方自自体の現場は、住民の意思 民意を知り 実行しているのです。認識を改めました。
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