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正月料理

昔むかし、年末の休みに入ると 「真鱈の卵」の買い物のお使いに、子供と 市内の魚屋を巡った。ゼンマイやイトコンの入った炒りが造られ、食事の都度 ご飯と共に食べた。美味かった。
三つ子の魂 100まで  子供は親になった現在 学校が冬休みに入ったら 思い出したらしい。
その昔でも 時期的に買えず 魚巡りをしました。暖冬異変の都会では 更に入手困難でしょう。
すけそう鱈で代用したらしい。造りながら電話で確認があった。ウマク出来たか 子供達(孫)は喜び、ご飯のお代わりをしたらしい。ヨカッタ、ヨカッタ。

宇和島で御世話になった方のブログを日に2回 読んでいます。朝晩記載されます故。
刻々と 正月を迎える準備の様子がわかります。今晩あたり 正月料理が記載されるのか。

正月料理の魚として、仙台はナメタカレイ。焼きハゼ。鰈は1枚5000円 ハゼは1匹500円もするので、最近は年寄りの居る金持ち以外 手がだせなく この風習は 廃れ気味です。
秋田はハタハタ 津軽は鱈でした。これも変化の兆しが現れたと聞いています。
原因は、豊漁で安価な魚が使われたのに、獲れなくなり、高価な魚になったことに由来する要です。

宇和島は どうか ブログに書き込みを試みますが 失敗続きで 断念し 今此処に書いて居ます。
ご一統様で 目出度き新年をお迎え下さい。

全世界の皆様も 。
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食べる酢

宇和島は山水水明にして山海の珍味に恵まれた地。
三月には市の幹部に隈無く紹介して頂きました。満喫した気持ちでいました。
このたび、ある方から「柑橘王国」なるセットを頂きました。食材としての柑橘類を そのまま出荷する事なく 加工し 美味しい食べ方を紹介しているのです、。
ドレシング 飲む酢 食べる酢と 想像を超えた食品です。早速試食し驚きました。美味です。
まだ 知らない世界がありました。

振り返って 仙臺での 珍味 美味として 贈り物に出来るものは何か 考え込んでいます。

本代

来春 「仙臺藩志会」主催の勉強会で 「西の伊達家を訪れて」と題して90分 お話しする機会を頂きました。之まで 仲間や 歴史愛好会等で 3月に見聞きした宇和島伊達家について 話ししています。
今回は格式のある団体で、それなりの知識の人々100人近くが出席と聞きました。
前回同様とは行かず 内容の補強に努めています。

宇和島市教育委員会で 宇和島城について報告書等を刊行されています。最適の資料です。注文したら早速送ってくれました。運賃は着払いです。代金は納付書が同封されました。

愛媛県内の金融機関しか取り扱い出来ない納付書です。日本郵便で断られました。銀行に行きました。断られました。その旨を連絡したら、振込先が農協で口座名・番号等の連絡がありました。銀行窓口に相談したら 気の毒の表情。手数料が送金額の半分に近いのです。 ATMで自分でやりなさい、幾分 安価になります。行員が手伝いますとのお話し。送金成功しました。
機械送金に手伝いが付くようになったのか 老齢を感じました。

さて、手数料・送料は本代相当になりました。でも 買い求めに行く交通費に比較すると 極安です。
 教育委員会の迅速な対応で 期待した通りの内容の図書を入手出来ました。感謝です。
之を生きたものにするのが これからの仕事。

唐饅(とうまん)

唐饅 を(とうまん) と読める人は 伊豫の国の人だけではないだろうかと思っています。
実は カラマンと読んで注意されたのです。
宇和島駅とその周辺のお土産屋の店頭に無粋に山積みされ 売られています。
洋菓子店のケーキはお嬢さん 和菓子店の和菓子は 紳士淑女 そして唐饅はお爺さんお婆さんに見えます。食べた感想もそうではありませんか。

宇和島を訪れて初めて知った菓子です。民宿に世話になった際、製造販売をしており、食べ方を教えて頂き、子供や孫や近所にお土産に配りました。好評でした。
風采は上がりません。派手さ 若さはありませんが 食べて 懐かしい 年寄りの味がします。

櫻観測隊長のブログに記載があり 思わず 書き込みしました。 お爺さまが 作っていたよ と返事がありました。納得。正真正銘 お爺さんの味です。深みのある 菓子です。 

下天を謀る

下天を謀る  藤堂高虎を主人公に 阿部龍太郎が描く小説です。
上・下2巻ながら 図書館の配本は 下巻から。
下巻 冒頭 「藤堂高虎の所領は伊豫の宇和郡、喜多郡、浮穴郡に跨り、石高八万石にのぼる。
現在の愛媛県南西部、宇和島市、大洲市を中心とする地方で、県全体の五分の一ほどの広さである。
高虎は文禄4年(1595)7月にこの地の大名に封時られ、板島城(宇和島城)を居城として領国経営に専念してきた。
以下 「自己変革の名人」「施政者としても有能だった」と寛永7(1630)年10月5日75歳で没する迄を描いている。

小説は、作者の思い・想像が注入されていて、100%真実ではないから危険だと説く人もいる。確かに伊達政宗公の小説には 噴飯物の記述のある小説がある。
この高虎の小説は、新聞3社の配信により一年半連載されたものです。宇和島・今治を地元とする愛媛新聞に掲載されたか 定かではありません。1・2割の創作が加わっているかも知れないが、この実績から 信頼おける小説として、又、 冒頭 宇和島 宇和島城が出て藤堂高虎を知る伝記として読んでいます。

蜜柑

果物 大好きです。
柿は子供の頃から。蜜柑等の柑橘類は成人してから、林檎は津軽で生活してからだから、かれこれ20年。
今年 伊豫 宇和島に訪れ、初めて知った。宇和島を初めとする伊豫は柑橘類の種類と生産量日本一で、昔は蜜柑列車が日夜走ったそうです。各種の柑橘類がある事も。
それぞれに 品種名をマジックで書いたのを 頂いた。櫻観測の経路に畑があり、そこから柑橘類がゴロゴロと道路まで転げ落ちていました。誰も拾いません。正に「ネコ跨ぎ」の様子でした。
買って食べました。美味しかった。
帰る際。宇和島市長にお礼の挨拶に伺ったら ○○という 最新品種を御馳走になりました。果汁が豊で甘く美味でした。名前を失念したので注文出来ません。悔しい。
8月 櫻観測で御世話になった方から、自家製と称する 極早生蜜柑を頂いた。これも 最高に美味しかった。宇和島の人は 恵まれています。

仙台も、柿から蜜柑の季節になりました。が、なぜか 伊豫産 宇和島産と標記された蜜柑が見当たりません。今日 初めて、西宇和 と書かれた箱を見つけました。若干高値ですが 早速買い求めました。味が違うように 感じます。

これから 蜜柑等 柑橘類の季節。宇和島と書かれた箱 探すのが楽しみです。

今年の私

09年最大の出来事。それは伊豫宇和島に1ケ月間短期移住した事です。
ことの発端は、宇和島市の公式ホームページで 姉妹都市仙台市等から櫻の開花観測よる町おこし事業に参加者を募集する。条件は、住宅は用意するが「アゴアシ」(往復・滞在中の交通費、食費等生活費)は参加者負担で、市主催行事に積極的に参加できる健康な夫婦というものでした。

現役時は転勤族、2年に1回は引越していました。「隠居以来 引越はありませんネ。どこか短期移住したいネ」と夫婦間の会話になっていましたので、早速、メールで応募しました。

火曜日の朝「当選しました。日曜日に行事あります。それまでお出で下さい」の電話とメール。まさかの当選です。理科年表・WEBで気象条件を調べ、衣類を整え宅急便で発送、3日要します。新聞等の休止、郵便の局預け手続き、交番に留守中の巡邏依頼です。予定・予約のキャンセルと超多忙となりましたが5日目に出発しました。現役時代の引越体験が生きました。

櫻開花観測隊の発足式、日に3回の観測、開花宣言式、観櫻会、ボラガイド状況の報告会等の公式行事が連続しましたが、開花すれば自由の身です。後半は、宇和島と吉田の両伊達家の史跡巡り、観光地と名産品の産地訪問をしました。柑橘類の生産が日本一で多品種あります。鯛の産地です。毎日、大好きな鯛の刺身に名物鯛めし、そしてジヤコ天を賞味しました。小学生から同年配までの方々とお友達になりました。昭和の日本人の人情が残っています。

風光明媚にして山海の美味あり、麗わしの人情の地での交流は、新しい輪が出来、見聞録を語る会が暫しあり、自称宇和島市観光大使の気分です。近年、いや人生の最高の収穫でした。
又、来年 行きたいものと語り合っています。

坂の上の雲

小説「坂の上の雲」テレビ化された。出来が良いと感じています。
はる3月 伊豫に1ケ月滞在した際、松山を訪れ 記念館を1日要して拝見した。
この学習効果か、テレビ化した制作者の学習効果かな。

戊辰の役で敗れた土地の人民は 苦労した。松山は親藩 ご親戚で 裏切らなかった 御家
 律儀者は 苦労する。殿も家来も貧乏。秋吉一家も貧乏。

足が長くなる

人は老齢化と共に身長が短くなる。しかし 脚は長くなるようだ。
最近 左足が地表面を擦る事がある。これは 左の脚が右足より長くなった現象と理解し解説したら、予想とおり 爆笑となった。
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