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1ケ月

宇和島に滞在1ヶ月 仙臺帰って1ケ月 月日の経過は早いです。
アッチコッチで宇和島の人情・食・景の良さを語る場数あった。
此の後 ガイド仲間等の勉強会で「宇和島伊達家見聞録」と題して 90分の発表が控えている。で、
語る内容の整理と 理解して頂く写真その他の資料を整理中です。ひとつ気がかりなのは、その資料の一つとして活用する「観光パンフ」その他を送付して頂けるの確約を頂いています。が、いつ 頂けるかの兆しが無いことです
担当者の多忙故に遅れているでしょうから ジイー待っていますが。1ケ月経過したから メール・電話してもよいかナ。そんな1ケ月の思い
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格闘技

闘牛。定例的に開催されているのは「宇和島市」ほか 数カ所に限られる 珍しい格闘技です。宇和島ケーブルテレビが生中継しているのかは聞き漏らした。全国からファンが集まるのか
いずれにせよ、貴重な観光資源です。滞在中に廣島の中学生と一緒に「サワリ」見せて頂いた。
相撲 同様 一対一の格闘技でした。
その起源は、農民の畑仕事の余暇活用 疲労回復の場であったのか。発想は「ばんば」競馬と同じなのかな。

今日 この闘牛場で、闘牛ならぬ「大学相撲の公式戦 第26回全日本大学選抜相撲 宇和島大会」が開催されました。
会場は すり鉢状になっており 飲食しながら観戦出来る構造で何よりです。大相撲の土俵は神聖な場所と称して女性を一切排除しています。それほど 潔癖を求める相撲が闘牛の場で、相撲する事には 抵抗が無いのだろうか。

「闘牛場」は愛称で 正式には「宇和島市営体育館」とか。知恵者がいる由。
格闘技 技を競うのは 人と牛の違いと割り切ったのかな。

郷土料理

皇室・内閣等は賓客を迎えた際の歓迎晩餐会は、フランス料理を基本にしている。ある大企業は日本文化の真髄として、料亭で日本料理でもてなし、喜ばれると算段したが、文化の格差が大きすぎて受け入れらず 喜ばれるところか 不評で失敗したの話しがある。
受ける側の文化を見極めて 行えば 最高の効果が得られる。皇室等は 平均値としてフランス料理を基本にしているのでしょう。

宇和島を訪れた際の歓迎会は、鯛刺し、ふくめん、鯛めし等の郷土料理フルコースでした。極めて美味であり、設営してくれた方々のお気持ちに 感激し 期待に応えなくはならないと決意を新たにしました。

さて、その席上、「仙台の郷土料理は」と問われました。ハタと困りました。岩手の「ワンコソバ」 秋田の「ハタハタ」料理に「きりたんぽ・やまもち」類の食事、 青森の「ケの汁」 山形の「漬け物」等が 頭脳をグルグル回転しましたが、仙台の郷土料理 思い浮かびません。まさか「ズンダ餅」。

言葉が詰まった時、若いスタッフから「仙台には ギュウタンがあります。私好き」と。なるほど。伝統食を郷土料理と決め付けていた由 牛タンの発祥・由来から、思い浮かばず言葉が詰まったのでした。

滞在中、愛媛県の県都 松山の大百貨店で、「牛タンで有名な仙台を代表する専門店の 牛タン弁当 1365円」の広告を目にしました。青葉区ではなく泉区にある店でした。この広告と店の所在に意外と驚きを感じました。

帰仙し、至る所で 宇和島の見聞を語り、郷土料理に至ると 若い人達から 「シオカラトンボさん 仙台の郷土料理は 牛タンですよ」と一様に言われました。

滞在中 お世話になった方々に御礼状を差し上げる際 お供に何が良いか思案しました。仙台と同様に調理されるか、生もので日限がある、素材の割に高価てある等の懸念がありましたが、若い人々には「牛タン詰め合わせ」にしました。

宇和島で食する 仙台の郷土料理 牛タンの味は如何であったか 些か心配です。宇和島で頂いた郷土料理の数々は 美味でした。郷土料理は その土地で食して 素材と気候が一致して初めて 美味しいのでは と思っています。

春の雪

昨26日 青森市は積雪に見舞われた。櫻花爛漫に降雪 の景は 写真撮影には最高の機会であったでしょう。でも、櫻と花見客と花見客受け入れの人々は 驚き 狼狽したでしょう。

自由昼食

ツアー募集のチラシ「まるごと四国大周遊4日間 54,800円から」を見ていた人。
「夫婦2人の片道旅費で 四国一周し毎食つくだつて ヤスイー イキタイー」
「所で 宇和島滞在は」「2日目松山から宇和島に、自由昼食し、足摺岬泊」
「宇和島の見学は」「ありません。お昼食べるだけ」「それは ないでしょう」
「どこで 食べるのかな。大介うどんかな」「まさか」

「滞在中話題になった「道の駅 みなとオアシス」24日披露 本26日開業なるから ここが自由昼食の場所でないかな。生鮮市場の「みなみくん」もここに引っ越しするよ」 「 イキタイー」

以上 チラシの自由昼食からの会話でした。

だんだんいも

昨日 意外な方から 宇和島名物の数々を頂きました。うれしくなりました。
滞在1ケ月で大好きになった「唐饅頭」 獅子文六の小説「大番」 そして本命「水荷浦段畑の馬鈴薯」です。石垣苺と同じ原理 石の保温温度効果の促成栽培と宇和海の潮風で 美味しいですよ と聞いていましたが 頂けるとは 嬉しい限りです。
仙臺ではこれから植え付けです。8月過ぎの収穫でしょうから、4ケ月先行して 今年産の馬鈴薯が食べられるのです。蒸かしてバターをつけて食べようかな。ステーキと、カレーで。黄金週間に孫と食べよう。楽しみです。

殿か 様か

定額給付金の申請用紙が配布されている市町村で、その宛名を巡って ゴタクを申している輩がいるとマスコミが報じていた。
「シオカラトンボ市長様」と 「個人名・官職・敬称」とあり 様の敬称が「気に喰わない」。オマエから恵んで貰う者でない、納めた税金を返して貰うのだ。それなのに なぜ 「個人名・官職・敬称」なのか、「市長殿」と何故されないのか との趣旨らしい。

殿と様と どちらが 高位の敬称か。
仙台城の殿様は、御一門、後一家・の方々を呼ぶ祭 「○○殿」と 殿の敬称を付けたそうです。
高貴な方が 上位の方々を呼ぶ祭の敬称です。「様」は様々の方々を呼ぶ祭の敬称でしょう。
首長は、殿様ではありません。住民の生活を守る代表です。「様」で宜しいでしょう。「殿」と上げ奉る必要があるでしょうか。

そこまで 理解して ゴタクを述べているのか。「気に喰わない」なら 申請しない 貰わないで済む話。そもそも 所得税を給付金以上に納めているのか。納めるもの納めないで 貰うにケチを付けるは筋違いと思う。

シオカラトンボの住む邑は、6月になるそうです。申請用紙に「殿」か「様」か ドッチで来るか楽しみです。

醍醐の花見

慶長元年3月15日(太陽暦換算1596.4.12)秀吉は醍醐に観櫻会を催した。
シオカラトンボは 本日 仙臺榴ケ岡公園にてNPOイニアネット仙臺のパソコン仲間の観櫻会を催した。ソメイヨシノの花の盛りはシルバー世代、散る櫻 残る櫻でした。名物の垂れ櫻は この世の栄華と咲き誇っていました。この花のもとで豪華なお花見弁当に 天下の美酒に 団子と 語らい 呑み 童心に還りゲームに興じました。
秀吉の醍醐の花見は歴史に残りました。我等の花見は 各自の記憶に残りました。
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おまけ
セキトリ衆 
早い人は昨日の14時から。この人々は一等地を確保。我々は今朝の6時から。11時30分開宴ですから5時30分のセキトリで2交替。開宴したらホッとしました。隣席の東北大医学部生は、同時スタート18時開宴で 2時間サイクルで交替。

御成
この公園の櫻は 伊達時代から有名で 殿様等の御成もあった?と言われる名所。
この公園に至る幹線道路2本、JR線の何れも混雑していました。日没後まで いや 明日は日曜日ですから明後日の明け方は続くかもネ。
 

耕して天に至る

宇和島市三浦半島の段畑 正に「耕して天に至る」の表現 そのものです。
「人と自然が形作る壮観」のサブタイトル 其の通りです。

「旅情きらめく四国の終着駅 伊達10萬石の宇和島」とタイトルするパンフのセリフです。

宇和海のリアス式海岸美を海上から楽しみたい しかし観光遊覧船は航行していません。代わりに離島定期航路が途中下船しない条件で運賃が格安する航路「ぐるり宇和海」があります。
航路から 青々とした畑の、又、柑橘類の畑の、又 耕作放棄した段畑 が見えます。船長が段畑に、山桜、運河等 景観を業務に支障の無い範囲で説明してくれました。

日を改めて Oさんが陸上から 段畑の最高の景観地遊子水荷浦(ユズミズガウラ)に 案内してくれました。最初に「ノボレマスカ。車を回す方法あります」と。今まで案内した際 高齢者にブツブツ云われたらしく 先手のご発言です。
昔 老農夫が声桶の天秤を担ぎ、幼い子供達が 背篭で収穫物を運んでいます。こんな写真を見たからには、ナニクソの思い。でも内心 この30~40度もある傾斜を直に登るには 服装・履き物はこれで良かったのかな と思いました。

「ハイ どうぞ」と案内された道 登り口だけ急傾斜で 後は斜面を斜めに登る ネコ(手押し車)の通れる幅員のある舗装路でした。今 モノレールが敷設されているので 人は垂直に上り下りは、しないそうです。櫻観測路より遙かに楽でした。

その歴史は、1650年代 領主の伊達家から「山勝手次第開くべし」の達しに始まり、1920年代から石積になった。石垣に生える草木を取らないと水詰まりし 崩落の危険があり 維持管理の手間は それなりに大変。

「昔は 薩摩芋・甘藷 今は早堀の馬鈴薯。それでジャガイモ焼酎「段酒」を作っています。なかなか入手困難な焼酎ですので、観測隊の花見の宴に持参された方がいたのは その由です。
4月に採り入れします。送りますから 待っていてください」とOさんの解説と有難い お言葉。

NHKラジオは 本日昼 「宇和島の段畑の馬鈴薯の収穫が始まりました。19日はイベントがあり、例年は、2,000人以上集まります」と報じていました。ゴールデンウイーク前に 馬鈴薯が仙台にとどくのかな。楽しみです。仙台は5月初めが植え付けです。
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「耕して天に至る」の景観に 「海があり 山を耕すとは働く人々の邑ですネ」と洩らしたら 「イヤ 海は 鰯しか獲れませんでした。肥料です。食べる為 生活維持の為です」
なるほど 鯛やハマツに真珠の養殖が成功に比例して 段畑の耕作放棄が始まったのでしょうか。

観光では、「人と自然が形作る壮観」とか「耕して天に至る」の表現をしていますが、そこには 壮烈な生活が背景に在ったのです。

無欲のちから

うわじま虹色みかんまつり が18日開催され、虹色ツーリズムの2年間の成果を発表されます。
3月14日 会に突然招かれ 仙臺のボラガイドの現状と問題を語り、意見交換の機会を頂き 会の活動を知り勉強になりました。
会のメンバーは 町中、歴史、地学、米作、果樹、養殖、町並、山歩等についての専門知識・技能を持たれたリダー格の人々でした。これに市のSさんOさんが核として入り 構成されていました。 
専門知識のリダー格を縦糸に、市の職員が横糸 接着剤の役割でした。

シオカラトンボのボラガイドの会は 行政から一切の援助も介入も無く、純粋なボラ活動です。故に、行政が関与していることに違和感があり、尋ねた所、リダーは強力な個性を持つ人もいて、他グループとの間に 磁石の様に反発する事が懸念された 核を行政が担っているとの回答でした。

宇和島滞在中虹色ツーリズムの活動の幾つか紹介されました。Oさんの行動は 猛烈に積極的であり、各会員との接触は公平であります。信頼を得ていました。無欲のちから でしょうか。

公務員は働かないと定義付けられています。日曜日は休むものとなっています。故に、日曜日に活動するボラガイドに 元公務員は嫌う方が多いです。日祭日に平日の時間外も活動する このOさんの行動の源泉 無欲のちから は なんでしょう。

2年間の成果が発表するそうです。ブログで逐一公表されるでしょう。楽しみです。

おまけ
蜜柑等の柑橘類の季節は終わった この季節にお祭りをするのは 何故でしょう。
林檎は秋収穫され 低温倉庫に保存され 鮮度を保って春まで出荷されます。出荷業者から市場に出されるのも間もなく終わります。「止市」です。蜜柑の場合、生産者から、集荷業者・出荷業者の流れでは無いのか。低温保存はしないのか。林檎の低温保存の技術はここ10年で格段の進歩をしているが柑橘類の場合は どうか。

文旦は 仙台では 容易に買えません。売っていません。鮮度保持が困難なのでしょうか。
土産に買って 2週間になります。常温保存で食べていますが あの厚い外皮が 薄くなって来ています。林檎と同様に 冷蔵庫保存が必要だったのでしょうか。

洗顔した櫻

夜来の豪雨も朝遅く上がりました。夕陽を浴びている櫻は 色白美人になったようです。
シオカラトンボ 周辺は 未だ 満開 散っては居ません。

18日 パソコン利用仲間の30人の観櫻会です。普段はメール交換だけですので 櫻の下に会して、弁当を食べ盃を空け 交流しましょうと言う趣旨です。
所が 最後のツメの段階で メーリングリストが停止し機能をしないのです。
参加の可否の連絡が在りません 人数が定まらず 弁当の注文が出来ません。幹事オテアゲです
個人情報保護・・・・で 全員のアドレスは所持していません。
メーリングリスト利用の メリ デメ まともに体験する羽目です。
櫻は色白美人になって 散らないで 待ってくれているのに。困った。

宇和島伊達家見聞録

ボラガイド仲間の月1回の勉強会。7月27日 90分の時間を頂き、標題は「宇和島伊達家見聞録」と 決まりました。
「仙臺藩志会」の勉強会「伊達学起こし塾」からも 打診を頂いております。こちらは仙臺伊達家の重臣の末裔の方々です。講師として シオカラトンボは格下といわれ 立ち消えの可能性も。

宇和島城、墓所、天赦園、吉田陣屋跡、吉田墓所、砲台跡と拝見し、伊達博物館での宝物・資料に、小学生から高齢者までの老若男女の皆様から 伊達家、政宗公、秀宗公に対する思い。そして山家事件と和霊信仰と祭事にいたる溶け込み一体感。これらを如何に整理し、色々 教示頂いた方々の思いを いかに 正確に 伝え 語るか 思案の為所です。

之までも このブログに 雑多と記載しましたのは、世話役のOさんから、宇和島1ケ月の感想・レポートを更めてお願いします と云われています。当然です。事業成果を総括しなければなりません。

指示あった時、すべて忘却の彼方に飛び「お世話になりました。満足でした」の10文字だけでは 済まないと思い 講話の題材の整理と メモとして記載してきました。今 暫く 続けます。
面白くない 独善的 と云わず お読みになり 見当違いの個所をご指摘ください。

聞き違い

吉田町を都合4回案内して頂きました。
吉田伊達家の墓所、町並み、櫻並木、復元豪商屋敷等を案内して頂き、薄皮を剥がすようにユックリと吉田を理解しました。
お城は無く陣屋であった。さて その陣屋の在った場所はどこで 現在はどうなっているかです。

最後 吉田を離れる瞬間 判明しました。市の幹部からポロリと「吉田の図書館が その跡です」
その場所は 国道56号線添い 必ず信号停止させられる交差点角のお寺風の金ピカの豪壮な建物でした。ここを通過した人々は、必ず 目を凝らす建物で ツアーで通過した際 バスガイドは「図書館です、ナンテ センスの無い 建物でしょう」の説明でした。その様に理解していました。

正式名称は、「宇和島市立簡野道明記念吉田図書館」です。吉田伊達家家臣で、漢学者で漢字辞典の編纂や女子教育の為学校を創立する等の功績があり、1988年に、陣屋の石垣等があった陣屋跡に、故人の功績を讃え 蔵書6万冊要す図書館が開設、命名したのです。

宇和島も吉田の人も 謙虚ですから、こんな立派な事を広く語らない為、先述した様なバスガイド説明になるのではないでしょうか。残念です。

この幹部、「吉田伊達家で栄えた御用商人 ただ1家以外 全て没落しました。健在なのは「佐川印刷」です」 「あの佐川印刷ですか」と思い浮かべたのは 綺麗な印刷をする会社、京都の年商610億円の佐川印刷でした。

クボタとともに全国展開する「イセキ」の創業者は、 吉田伊達家の領内 三間町の出身です。それで 瞬間 全国区で理解しました。

聞き違いでした。松山市の会社でした。吉田伊達家の御掛屋(銀行・両替商)佐川屋の末裔でした。
フルサトを大事にする会社で、吉田にも本社を置いて、吉田伊達家関係の書籍を発行していました。

聞き違いの元となった幹部は、資料無しで話され メモには難儀しました。でも 最後に駄目押しをするのは 当地出身 元大関 玉春日に習ったのでしょうか。

商工・観光の分野外ながら 調べ案内されたSさんOさんと教示された幹部に感謝致します。

職人健在

宇和島市内 宇和津彦神社から淨萬寺前、国際ホテルに至る通りを、二人でボトボと歩いていたら、驚くものを発見。

桶屋さんがあり、直径50cm位の 桶の仕掛品が 店頭で乾燥させていました。
オケの需要は少なく 材木産地では特産品として 製作し高価に販売しているは見ていました。
しかし、町の真ん中に、製造している職人が健在とは 驚きでした

市のOさんは 染め物職人は健在と、店はここですと紹介してくれました。町の中心部に所在していました。
河川の位置変更で、店も移転した。見事な皐月節句の幟を作ります。又、牛鬼祭りのTシャツも染め上げますとの説明でした。彼女が櫻観測隊発足式で着用していたTシャツがそれだそうです。
記念に差し上げますとの事でした。何れ 送られて来るでしょう。楽しみです。

7月22-24日の牛鬼まつりの期間に、着用し、寿司桶に入らない 丸寿司風の寿司をつまみながら、宇和島の職人さんの健在を祝し みなさまの健康を祈願したいと思っています。 

櫻 満開 意外な展開

仙台市内 東西南北 一斉に満開になりました。
例年であれば、開花宣言から一週間くらい要して、各地の櫻が順次 満開になりますが、今年は一斉です。シオカラトンボの一人よがりではありません。地元新聞も 不思議な現象と伝えています。

140年前 伊達家重臣の屋敷があった西公園や、榴ケ岡公園も 花見の宴のブルーシートが 所狭しと敷き詰められ 盛会でした。今日 一日で シートの下 何回転するでしょう。敷金取れれば ガッポガッポの収入と感じます。

宇和島市の様に焼き肉の出前サービスはありませんが 弁当は 時間別に配達されます。この方式で18日 あるグループの花見の宴の幹事に指名されています。昼の席ですので 早朝に「セキトリ」しなくてはならないのですが、目下の問題は 櫻花が持つかです。その前に櫻吹雪にならないようにと祈る日々となりました。
宇和島の標準木は、すっかり葉櫻になりました。ライブカメラは何時まで見れるのでしょうか。

路上生活者

宇和島の町は明るく清潔です。
移動中の車内の会話で「温暖な気候、農水産品の産地で安価 住みやすいと感ずる町ですね。ところで 路上生活者 見かけませんが 居ないのですか」と問ましたら 「ハイ 居ません。予讃線の終着駅です。手持ちの金子で買えたのは宇和島。と降り立つ人はママ 居ますが、お遍路さんの接待をしています、その延長で みなさまが お世話しますから いません」

なるほど 納得。

さくら住宅での1ケ月の生活で、観測隊員では無い 隣家の方が「どちらから」と云いつつ 土筆や菜の花に野菜を。観測隊の人々は、柑橘類、鰺、丸寿司等 農水産品に、日々の写真類を わざわざさくら住宅に差し入れしてくれました。仙台では とうてい 体験できない 人情です。

仙台の人口は、年間20%異動すると云われています。計算では5年で 全部入れ替わります。この性でしょうか。冷たいのか。青葉通りの地下交差点や南部の公園には 路上生活者を見かけます。宇和島には居ない。情と理と どちらが強い町かを示しているのでしょうか。

水別れ(分水嶺)

国道320号線を移動した際、「ここが水別れです。ここで 伊予と土佐に別れます。宇和島湾に注ぐのと四万十川に合流するのと別れるのです」の説明を頂きました。表示はバス停のポールのみです。
モッタイナイと思いました。
バス停のある邑の中での分水嶺です。活用しない方は無いと思います。この路線を通るのは、地元の人々、生活路線で、観光客等のヒマ(暇)人は通らないのかな。

宮城県と山形県の境 国道47号線中山峠 堺田には「水別れ」があり、看板に「 左 太平洋 右 日本海」と標示するのみならず 公園に整備し、茶店・売店があり、休憩する行楽客は 地学の勉強する気持ち無しに勉強し 買い物等しています。 

他に無い 特別なものを 万人に知らせ 幾ばくかのご芳志を頂く 世のため宜しい事と思います。
実行できないのは、行政上の問題でしょうか。

路線バス(乗ってみるもの)

パンフの表紙「旅情きらめく四国の終着駅」と記されています。宇和島は予讃線の終着駅です。鉄路はホームの先で途切れています。行き止まりの鉄道は数ありますが、人口10万の地方中核都市が終着駅とは、珍しいです。故に、四国の終着駅を売りにしているのかな。

宿毛、土佐中村等には ここからはバス利用です。市内を走るバスは、松山方向から 宿毛方向の直線路線が主体で、伊達家墓所のある寺町や離島航路の埠頭に行く路線はありませんでした。

特急車内の電光掲示板が「四国最大の規模の日本庭園 宇和島駅からバス40分 南楽園」とシツコク案内していました。櫻が満開になった休日、晴天です。行ってみようとなり「宇和島駅からバスで行くには何路線に乗ればよいか」と南楽園に電話問い合わせをしたら「宿毛行きのバスに乗り、岩松営業所で下車、タクシーを利用して」のソッケ無い返事。JRの広告によれば バスの本数もあり気軽に行ける感じ。何か裏切られた感じ。

公園は県営です。殿様商売です。広大な公園では10指に満たない人々にしか会いませんでした。
売店で 櫻観測隊のW夫人がリダーを務めるボラ団体の製作する人形が販売されていました。宇和島を去る際に記念品として頂きました。

駅前バス停時刻表を見たら 午前中に南楽園を経由するバス2本もありました。
仙台・金沢・横浜・東京等のバスは駅が始発ですが、ここでは通過点です、スーと停まりスーと発車します。2・3停留所を通過したら営業所です。建物に向かって頭から駐車しました。バスは原則バックしませんから不思議な駐車仕方と見ていたら、バス料金箱を交換しました。保安上の問題でした。
岩松営業所では、。名札から座布団まで持って乗務員が交替しました。バスが何か小振りな感じがします。ここから幅員3mの道路を走るのです。道路幅にバスの大きさを合わせてあるのです。
 ここから乗降フリー区間です。我が家の前で乗降できる訳です。これは薬師谷渓谷路線でもそうでした。利用者利便からでしょう。反面 バス停で待つ人が少ないを物語っていると理解しました。

帰りのバスも 途中で 運転者が交替しました。面白い労務管理です。
乗客の大多数は、所謂 オバアサン達で 中学生が2人位。全て 現金払いです。
プリベイトカードや 敬老パスは 見られませんでした。

その町の生活を直に知るには 路線バスは 乗ってみるものだと知りました。新しい発見があります。

クリニックストリート

市のSさんやOさんと 市内を移動した際、ある方向を指して「宇和島名物があります」とセリフのみで案内されなかった地区があります。
滞在日限になった日、幹部が案内してくれた最後が、この地区でした。

「クリニックストリート」です。海辺には 全国的に有名な徳州会宇和島病院の大病院があります。反対の山側に、20階近い市立の大病院があり、近所に社会保険の大病院があります。大病院が連立しているのが自慢なのかと聞いていましたら。違いました。驚きました。

間口20m~30mの敷地に2~3階建ての堂々たる医院が軒を連ねて居るのです。内科・外科・整形外科・眼科・歯科・皮膚科・小児科・婦人科・産科・胃腸科等 あらゆる専門科目の医院です。300m~500m 1町内向き合って居ます。総合病院を平面配置したの感です。自慢するだけのことはあります。

なぜ このように 医院の町が形成されたか。幹部の解説によると「この付近は伊達家の重臣、上級家臣の屋敷町でした。彼等は 武士でなくなった時、頭脳明晰であって医者になり、自分の屋敷で開業した。これが 宇和島名物 クリニックストリートを作った」でした。納得。

全国的に医師不足が問題になっている時勢に、誠に恵まれています。

利用者(患者)の足の便は、果たしてと見ました。バスの路線が直線で、網線とはなっていません。クリニックストリート通いにバス利用は不自由なのでは、市立病院はバス路線にありますが。
タクシー利用者に高齢婦人の姿が数見られたのは 之の裏付けでは。

軽自動車

JR宇和島駅前。南国に降り立ったと感ずる。幅員50mの通りに棕櫚の高木が街路樹として整然と並んで居る。小公園があり、そこには鉄道唱歌記念坊っちゃん列車の機関車と実物大の闘牛像と杏の果樹園があり、市営の駐車場tがある。駐車場はガラアキ、タクシーは数台駐車している。仙台駅前は、タクシーは駐車場のみならず路上まで溢れている。駐車場もいつも満杯である。その目線で見ればここは 益々のどかな南国と感じました。

市のOさんの車はいつも軽自動車。運転席に「○○石油」と車毎異なる会社名のラベルが貼られている。車毎に給油所が異なる事が一目。管理する管財課員のアイデアか。
公用車故に「宇和島市」と大きく書かれているのは当然として、今一行の文字が必ず書かれていた。「贈 岩村明憲基金 ○号車」です。WBCで活躍したプロ野球選手で宇和島市出身で、フルサトに寄付した基金で購入した車。号車番号をメモしなかったので定かではないが20台位 ありそう。
育ててくれたフルサトに恩返しをするこの気持ち、世界で活躍し、成功する人物は 凡人とは異なるエラサを持っている。シオカラトンボ家はフアンになりました。
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観測隊員も軽自動車か原付で来ます。市長は当然 公用車・黒で来ました。市民の行動は軽自動車が主体と見ました。普通小型車以上に利点があるのはわかります。でも、何故か。

宇和島の町は、最近まで海を埋めた建て広がっていった町です。最近 埋めたて造成した所以外、伊達時代の町は、道路幅が狭かったのです。戦災で市街地が焼失した際、戦災復興の際 将来を見据えた都市計画をせず、復興を急いだ経緯があったのです。これで、「さくら住宅」等の住宅地の道路は狭いのです。Iさんの解説です。県の急傾斜地警告版記載の道路は幅員1m未満もあります。これは認定市道では無く、赤線道路でしょうが。傘を広げられない狭さ。でも、侍時代を体験する楽しさがありました。

結論として、宇和島伊達家を偲ぶ由に、道路幅を昔のままにした。それが現在の軽自動車王国を築いたとなるのでしょうか。

櫻咲く 花見の宴 通算2回目

シオカラトンボの標準木 午前 開花宣言です。今日も晴天高温 バッと咲きました。
W・OB会の例会(花見の宴)が仙台駅から南に快速で10分のサッポロビール仙台工場で開催。櫻は八分咲きです。
67歳から84歳まで 平均年齢77歳 18人 工場直結のナマビールとジンギスカンを 後期になって食がか細くなったと云いつつ 何回もお代わりして ガバガバと呑み食いしている。 幹事は前回に、年齢の割に飲み食いされ 大赤字を経験しているので、今日は90分のみ放題・食い放題をセットした。
話題は、寝たきりの100歳と歩ける100歳 どちらが幸福か。気力と体力の保持が大切と。
この位 肉を食し 麦酒を飲めば気力と体力 マンマンで歩ける100歳しょう。先輩は元気だ 負けられない。

「定年後のただならぬオジサン」中央公論新社刊に、ただならぬオジサンの一人として書かれて居るぞ のお話し。知らなかったが、見当はついた。瑞鳳殿ガイドでしょう。
古本屋で98円から300円 送料350円とか。なら 明日 図書館に行きましょう。
  

小説「てんやわんや」

60年前の1948年に発表された作品です。南国の田舎町を舞台に、当時の社会情勢・風俗を洒脱に書き表したもので、新聞の連載に始まり映画化され、一世を風靡しました。子供であったシオカラトンボも 読みました。見ました。高価な饅頭の大食い、人里離れた集落での客人接待、資産階級の没落のきっかけ等が明るく描かれていて、記憶の箪笥の底に眠っていました。

宇和島初日、市のSさんが 宇和島市全域(旧宇和島市、旧津島町、旧三間町、旧吉田町の1市3町)を実際に走行し紹介してくれました。

警察署は地図上 市街地中心部では無く 外れに所在しています。パチンコ屋、飲食・洋服を初めとする全国に展開かる新興商業地区がここに伸びて居ました。故に、警察も移転したのです。
仙台中央警察署が中心部から 一目の少ない地区に移転したのは 極めて特殊な事例でしょう。もっとも、東北一の夜の繁華街対応として、田舎警察書相当の大型交番を設置しました。

昔は峠 今はトンネルを抜けたところが旧津島町。伊達領内ながら 湊として商業都市として、城下と異なる賑わいのあった町だったそうです。白魚が獲れる ゆったりした流れの岩松川の右岸は旧役場等が所在し、国道56号線が通過するニュータウン、左岸が旧道が通るオールドタウン。
右岸から見た左岸の中程に、枝振りの良い松が2本と粋な建物が見えます。ここが、小説「てんやわんや」の著者 獅子文六が 疎開し、滞在した 旅館との事でした。現在も盛業中の様子。

ここに滞在し日々見聞きしたことを小説「てんやわんや」として発表したとの解説に、フツフツと60年前の読書記憶が蘇りました。「自由学校」「大番」「娘と私」等の代表作は全て読んでいます。

日を改め、市のOさんの案内で訪れました。70年前以上の家屋が連続し残っているのです。なぜか「伝統的建物保存群」には指定されていませんが 十分に資格のある景観を示しています。
之に気ついた町の人々が「岩松町並み保存会」を結成し、保存と活用と伝承の活動をしており、会員が地元小学5・6年生に、現地解説をするとの事でゲスト参加を認めて貰いました。

外観や内部 天井が特別の形態である等 丁寧懇切に説明していました。彼等はどこまで理解したか。「奥州街道文化研究会」等に関与し、弘前・角館・金ケ崎・大内等の町並みを見学しているシオカラトンボには 非常に興味深く 楽しい一時でした。
小学生には素晴らしい資料が配付されていました。突然の参加でしたから貰えませんで、残念でした。

帰仙し、小説「てんやわんや」を読み直して、かっての長者の遺跡であったのかと思い出したのは、お城の石垣以上に堅固で緻密な石組みでした。 

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岩松の町並みについて 別項で記載予定です。

知る人ぞ知る 銘菓

次の様なご紹介をHO様から頂きました。
「お菓子で喜ばれるのが「伊達候」ですね。最中なんですが、商店街の百波(もなみ)特製でこの店しか売っていません。駅とか全国物産展などでは売らないのが店の方針だそうです。風呂敷に「宇和島笹」の家紋が入っています」
やはり 銘菓があったのです。伊達十萬石のご城下です。あって当然です。
厚い観光パンフに記載が見当たらず 散策した通りにお店が無かったか 無知で通り過ぎたか。
今となっては残念の極み。でも、銘菓「伊達候」を買い求めるため 宇和島を訪れたいの目標が出来ました。再訪した際には ぜひ 求めます。
HO様 ありがとうございました。

文旦

文旦 柑橘類の王様? お土産候補2位 好感度1位
1月 蜜柑が終わった後の柑橘類、無意識にウマイナーと食べていたのが「伊予柑」
この 御利益か。伊予の国に1ケ月滞在するチャンスを得た。

観測隊員の方々から 各種の柑橘類を頂いた。名前が判らないでしょうと 黒々とマジックで名前を書き込みして呉れた方も居ます。町の八百屋さんからスパーまで 各種山盛りで販売しています。
観測に至る参道の途中に 柑橘類がゴロゴロ落ちています。畑から転がって来たのです。神社に転がっていく途中です。神罰が怖いので 拾えませんでした。モッタイナイナと思いながら。

市のOさんから 産直の店 紹介されました。種類と量が多く、安価(仙台に比較)です。
シオカラトンボメスは俄然 お気に入りです。
文旦4Lを見つけました。早速買い付け・送付の手配です。ご仕事の手順は早いです。
九島婦人生活改善グループ製作の「文旦の皮砂糖マブシ」 正しい名称はわかりません。

伝統食復元のご趣味のシオカラトンボメスは製作に挑戦しました
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このの外皮を煮曝したものが次の画面です。4月の風とお日様の助けをかりました。
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之が完成品です。一見 九島婦人生活改善グループ製作品そっくり。試食結果も上出来です。
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櫻 咲く

仙台各気象台は9時すぎ、開花を宣言しました。例年より5日早い、昨年より2日遅い開花。
シオカラトンボ標準木は今日 開花しませんでした。
昨晩 Iさんから 花芽16mmになれば1週間程度、25mmになれば直前ですとご教示がありました。シオカラトンボ標準木の枝に手が届かないのです。計測困難 マイッタ。

唐饅頭(トウマンジュウ)

唐饅頭。宇和島土産3位。無反応2位。

宇和島銘菓を販売する和菓子店が目に入らない。仙台では「白松」「三全」「壽」「玉沢」「支倉」等の和菓子系が数あります。「タルト」がありました。岩出山の道の駅の姉妹都市コーナーで売られていましたので、宇和島銘菓と思い話したら、松山の菓子ですとの事でした。
駅隣の宇和島土産店の和菓子系に「大番」と称するどら焼き系統の饅頭がありました。由来は、1945年当時、宇和島の隣町津島町に疎開した作家獅子文六の小説「大番」に依るものです。
現在 60年前の小説を知っている人 後期高齢者クラスではないでしょうか。ネーミング自体 遺物と感じます。バラ売りを求め試食しましたが 土産としては合格しませんでした。

唐饅頭は、市内の店頭、大規模店でも目に入ります。包装は簡素で中身が見えています。直径60mm 厚さ11mmで、黒砂糖・柚子・生姜の何れかがアンコとして入って圧縮・加熱された麦粉饅頭です。60年70年前幼少時代を彷彿させる菓子で、愛想はありません。
乾パンにアンコが入った食感です。割って小さくして 口の中で溶かしながら味合う菓子です。
シオカラトンボは お気に入りになりました。シオカラトンボメスは 懐古趣味はなく お気に召しません。

真珠養殖の魚家民宿遊海(ユウミン)に宿泊した際、話題になりました。この経営者はツーリズム活動に参加して居て、シオカラトンボが仙台でのボラガイド活動を報告した際 参加討議した方です。話しは弾みました。其の際、夫人が作っていて、日曜朝市に出展し、瞬時完売する 現在でも宇和島で通用する人気商品との事。美味しい食べ方は、直前にオーブン等で3分ほど加熱すると、軟らかくなり、甘みが増すと、解説し試食させてくれました。なるほど 美味い。今まで食べ方知らずに食べていたのです。

シオカラトンボメスは、姉や孫に食べさせなくてはと、ダンボール箱で注文しています。転換が早い。
食べ方を電話で詳細に説明し 贈呈しましたが 「ジャコ天」同様に 反応が今イチです。
詳細な説明を聞き 実行しているのか。全く嗜好に合わなかったのか。

「こんなに美味いもの 日持ちするから 食べないなら 返しくれないかな」と呟きながら シオカラトンボ夫婦は コヒーと唐饅頭で 3時を楽しんでいます。

ジャコ天

ジャコ天とは、宇和島銘品です。
宇和島に到着した際、即「顔合わせ」と「歓迎」の晩餐会が郷土料理店でありました。
宇和島を代表する料理として、活盛、ふかの湯さらし、六法、ふくめん、じゃこ天、鯛めし、さつま、丸ずし等をご馳走になりました。鮮度抜群です。眼と舌をこよなく満足させる美味に、普段は飲酒しないシオカラトンボですが 地元銘酒を注文しました

ジャリジャリした舌サワリです。店の説明では、店特製で 魚の骨のジャリジャリ感を強調しているとの解説でした。シオカラトンボメスは、ジャコ天が大変にお気に入りです。早速、市のSさんに 市内どこでも買えるか、どこの店が推薦か、Sさんはどこの店の品を食べているか聞いていました。エラク積極的です。

市内買い物の際、大規模・小規模と各店から、低家価格から高価格迄 各種買い求め 毎日試食していました。仙台に土産になにを買い求めるか議論になりました。トップが「ジャコ天」続いて「文旦」「唐饅頭」で3.4がありませんでした。

仙台帰宅日時に合わせて配達した貰うように お気に入りの某店で 「そんなに沢山買うの」と一言言いたい位 買い込み発送を頼んでいました。
お土産と配った先から 「珍しいもの」「おいしかった」の反応がありません。なぜでしょう。「ササカマ」より美味しいのにと内心ガッカリしていました。
手持ち在庫はタップリあります。日に3回 シオカラトンボ夫婦は 「こんなに 美味いのに」と食べて宇和島を思いおこしています。

昨秋 宇和島物産展を仙台で開催した際 売れ行きが計画未達であったそうです。今度 仙台で開催する際 事前教えてください。できれば お気に入りの某店を連れてきてください。買いに行きます。

まだ 咲かない

本日 開花と予報されていたのに 発表が無い。
シビレを切らして 仙台管区気象台に15時41分電話をする。
交換から担当者に、担当が出るまで 120秒。
結論「まだ」
今時 電話に2分も待たせる所あるとは 驚異だ。

シオカラトンボの標準木の蕾はふくらんだが 今日は無理です。
公式と何れが 早いか。

昼の会合で 櫻開花民間観測隊が話題になる。その先駆者が宇和島市の活動ですと紹介するも、仙台でも 観測隊結成しようには 今日は至らなかった。

宇和島見聞報告会

本日は(財)瑞鳳殿の職員とガイド仲間のEさん、Uさんに 報告しました。
Uさんには、宇和島市立伊達博物館Y学芸員から預かった 資料を渡しました。
(財)瑞鳳殿では、滞在中の行動がブログに逐次記載されているを聞き、アドレスをメモしていました。来週ガイドに訪れた際の反応は如何か些か心配です。多忙を割いて全10余人の方が見るでしょう。

昨日午後は NPOシニアネット仙台パソコン部会「PCサロン」の総会後の講演として40分を頂き、宇和島市のHPに、ブログ「2009宇和島さくら観測日記」を 開き投影し 参加者20余人 凝視する中、人情と景観の素晴らしさを報告、併せて 会の性質上から 自前のパソコンが使用出来ない環境で 市担当者の配慮で如何に対応したか、又、1円の携帯でも ブログの更新出来る等 新発見があった旨を報告しました。

夕方は、七十路会。80歳前後の男女7人。シオカラトンボ72歳が最年少者。月2回の例会以外、日常メールの交換と 共通のHPで成り立っている会です。
飲酒の席でもあるので、パソコンの話しは圧縮し、鯛、ハマチ等の養殖が盛んで 毎晩 鯛の刺身であったと報告。今夕の酒の肴は鰺の刺身。どこの鰺でしょうか。Oさんと一緒した「伊達あじ定食」を思い起こしました。伊達あじの刺身定食 美味しかった。

明日は、ボラガイド仲間の会「ぐるーぷ・よっこより」の総会。勉強会のみで、ガイドしない人を含めて50人近く参加の筈。シャンシャンの総会か終了すれば、宇和島と吉田の伊達家、そして、人情と景観の素晴らしさを残り時間一杯報告する予定。

観光パンフの送付をお願いしたが、在庫切れで今回は 間に合わなかったが、「四ッ谷用水復元市民の会」「財信会」「奥州街道文化研究会」「歴史街道研究会」「宮城大学JV」等の数々の会合が控えています。 到着し間に合いましたら活用します。

シオカラトンボ


<Uさんから宇和島探訪慰労に、竹細工のシオカラトンボを頂きました。目玉に宝石が埋め込まれ 邪悪な心で眺めるとピカリと光 指摘します。
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